パワハラ社長に耐えられないので、退職したいが、絶対に認めてくれないので退職手続きを代理して欲しい、という依頼が多くあります。
依頼を受けて会社に電話すると、会社も弁護士に委任し、弁護士同士で話し合うことがあります。
通常は、弁護士が出てきた方が法律について説明する必要がなくなるため、手続きがスムーズに進むことがほとんどです。
しかし先日、驚くようなことをいう弁護士に遭遇しました。
その日、私は依頼を受けて退職手続きの代理人となり、依頼者の勤務先であるF株式会社に電話しました。
対応したのは代表者のFさんでした。
私からFさんに、依頼者が退職すること、有給休暇をつかうことを伝えました。
Fさんは
「急に退職されては困る。有給休暇もこれまで使う従業員はいなかった。」
といいます。
気持ちはわかります。
しかし、私の依頼者は何度もFさんに退職の意向を伝えており、話を聞かなかったのはFさんですし、法律上、従業員の退職に会社の許可は不要で、また、有給休暇の取得を会社は拒絶できません。
そこで私からFさんに丁寧に説明しましたが、Fさんは「信じられない」と繰り返すだけでした。
「Fさん、さきほどのお話では顧問弁護士がいらっしゃるということでしたよね?その先生に聞いてみてはいかがでしょうか。」
「わかった」
Fさんはそれで電話を切りました。
しかし、30分もしないうちに、Fさんから電話がありました。
Fさんはすごい剣幕です。
「うちの先生は、そんなこと言わなかったぞ!だましたんだな!」
「いえ、そんなことはありませんが・・」
「もういい、うちの顧問弁護士から連絡させる!」
狐につままれたような気持ちで顧問弁護士の連絡を待ちましたが、その日は連絡がなく、翌日になって、F株式会社の顧問弁護士と名乗るA弁護士から電話連絡がありました。
A弁護士は60代の方で私より年上でしたが、私を諭すように言いました。
「先生、依頼者にいいかっこしたいのはわかるけど、先生の理屈は通用しないから。」
「どういうことですか?」
「中小企業に労働基準法は適用がないの!そんなことじゃ、中小企業は経営できないでしょ?常識だよ、そんなの。若いから知らないと思うけど・・」
「・・・何を言っているのですか?本当に弁護士ですか?」
「失礼だぞ!」
「弁護士なら法律で語って下さい。労働基準法のどこに『中小企業に適用はない』と書いてあるんですか?それともそんな判例があるのですか?」
「そんなことは関係ない!社会の常識を言っているんだ!」
「私の知っている社会常識では弁護士は法律の専門家のはずですがね。Fさんがいうならまだ理解できますが、弁護士が『法律は関係ない』と言ったら、もうお終いですよ。法律を無視する弁護士に何の価値がありますか?私はあくまで法律論をします」
「じゃあ、私はこの件を降りる!」
え!?
法律論をしたら辞任するの?
しかも顧問先でしょ?
大丈夫?
「先生、本気ですか?」
「ああ、その通りだ!」
「では、辞任通知を書面で下さい」
電話を切った直後にA弁護士からの「辞任通知」がFAXでほんとうに届きました。
1日あけてFさんに連絡しましたが、びっくりするくらい意気消沈していました。
Fさんは当初A弁護士に「Fさんが正しい!」と言われていて「勝てる!」と思っていたのが、すぐにA弁護士は撤退、話が全く変わってしまったら、Fさんでなくても落ち込みます。
交渉の相手方ご本人と話すときには「法律は関係ない!」とよく言われますが、後にも先にも弁護士に「法律は関係ない」と言われたのは、この件だけです。
