チャクラマンダラ~*内観の花*~

チャクラマンダラ~*内観の花*~

「好き」のためだけに生きるヤスミのブログ

Amebaでブログを始めよう!
なんと…今年初のブログです(笑)
まあ、日常ブログはその日したことの記録みたいには更新してますが。
 
本当は、いろいろ書きたいことも書いておきたいこともあって、
毎日エディタは開いているんだけど(笑)
 
書かないと!!(描かないと!でもある)
って思ってきたけれど、それができてなくても、たぶんできてても、
本当に毎日が楽しいの。
 
何が起こっても、やっぱり地球は回っているし、
わたしは幸せだったなって、、
 
そして今も、どの瞬間も楽しいって。
 
 
2016年の後半は何してたかっていうと、割となんにもしてなかったんだけれど、
あちこち自分でモンダイをつくってみては「うわーーん」って友達に泣きついたり、
ライブに行ったり、舞台を観たり。。。(若い子に入れ込んでおります笑)
 
去年後半のわたしの「モンダイ」は
「もっと美人がよかった」モンダイ笑。
 
この主観しかない「美人がよかったモンダイ」は、
美容師の朋子さんの
 
「あのね、それは素材が生かせてないんじゃないの?」(半笑い)
 
という年間流行語大賞(やすみ2016)とともに、わたしも半笑い。
 
なんか、ホントにめっちゃここに関してブレーキかかってて、
今もあごに盛大に吹き出物出てますぇ。
 
「言いたいことを言う」ってことと「本音を言える」ってことは違うってわかったし、
セカイは優しかったんだなと思うし。
 
だから、なのかわからないけど、
ネイルも復活させたし、まつエクするようになったし、
今度久々カラー行こうと決めたし(黒髪飽きた)
 
 
わたしでいいんだ
 
っていうことは繰り返し確認し続けないと、
なかなかそれまで守って来た「常識」みたいなものを書き換えられないかもしれないけど、
でもあきらめなければできる。
 
 
ああ、この前も自分を整えることをしていたら、
やっぱり素晴らしいことがやってきた。
 
というか、道を戻せた、という感じかな。
 
ささやかではあるけれど(けれどおたくにとってはすごい)奇跡に満ちた日常であることよ、、
 
でもそんな日常を、もっと楽しく、もっと美しく、、、
力強くしぶとく(笑)いきたいな~っと思ってます☆
 
いつぞやの彩雲♡
 
 
昔々ね、小室さんのソロ曲で
「ガリレオが解いた 巡る地球の不思議」って歌詞のある歌があって
 
今日はそこらへんがずっとループしている感じです(笑)
 
あの人、やっぱり天才って話を妹さんにLINEしたら、
タイムリーに小室さんの過去世について書かれたブログ読んでた、とかって話になったり。。。
シンクロな姉妹でした(笑)
 
 
今年もどうぞよろしくお願いいたします<(_ _)>
 
 
タケイヤスミ
 
 



「自分を優先する」
「自分を大切にする」

ってよく聞くけれど、じゃあ一体それってどうならそうなの?っていうと、
けっこうわかってないものだな、ってすごい思うの。


難しい、って言っちゃうとアレだとかっていうのもナシで。
だって今までしてこなかったから、やっぱりなかなか「コレ!」という感覚がわからない。

それは現状として致し方ない。

でも身に染みればそんなの普通のコト、っていう領域が絶対に来る。



「本当の自分」というか、「本来の自分」かな、、
今は隠れている、見えてないところの自分を思い出して、
その声を聴いて、、、みたいなのとか、

いろいろあるじゃない?

その時はそういうものなのかと思って、うん、わかった、ってなるけど、
割と状況変わってないところを見ると、わかってなかったぽい(笑)


あと、前からずっと少しの居心地の悪さがあった、

「ポジティブであれ」

という脅しにも似た(笑)何かとか。



自分を優先する、ということが、

自分の欲しいものを取得するとか、食べたいものを食べる、とか、
なんかそういうことから始まるんだとしても、、、

でもやっぱりソコではない、んだろうな。


やはりなんかしらの習慣的な思考があって、

金額が高ければいいってものでもない、だからといって精神的なものだけでもない、

とどのつまりは、

このように考え過ぎていくこと自体が、優先するってことの対極にあるのかも知れず。





意外によくよく考えて、感じてみると、
今の状況に合わせた、制限的な枠の中での

「最高」

だったのかもしれず、

条件を排除した中で感じたりすることが出来てなかったのかな~って感じがする。


そもそも、条件を排除するということが怖いんじゃなかろうか?



ここ最近、自分が今食べるものを選ぶ、にしても、
誰かにプレゼントをするもの、にしても、
誰に会いにいくのか、ということにしても、

なにがしたいのか、

ということにしても、


その都度、なんとなくじゃなく意識して「選ぶ」ことをしているんだけど、
正直言ってけっこう難しい~(笑)

ああわたしこんなに制約の中で生きてきたんだ、って思うし(それでもかなり思った通りを通すようになったんだよ!!笑)

本当の自分の気持ち、って、
状況とかそういうものに左右されてわからなくなったり、
損得だったり、純粋な好き嫌いではなくなってたり。




「今わたしどう思ってる?」

って、まだ常に問いかけてるような状態だけれども…


自分を、唯一かもしれない無条件にわたしの味方であるわたしを否定したくないから、
たぶん今まで無意識にしてきた、数々のダメ出しも疑いもやめて、
わたしというものに対する信頼を取り戻して、
わたしというものをそのまま受け入れて、

条件付きじゃない世界へ。。。


だってそれはどこまでも自由だから。



やすみ。



今夜は思ったことをつらつらと。


先週は、わたしの推しである宇都宮氏のライブがあり(わたしの好きな曲が何曲もあった♡)
そろそろくるかな~と思っていた前列センターいただきまして、
ほっんとにガン見してきた(笑)
たぶん途中からこっち観てくれなくなったーあはは、そういうコトもある(笑)
宇都宮氏もあいかわらず美しく可愛く、とんでもなくいい声でしたよ~幸せ♪

あとはもう一方の推しくんのイベントがあって、その日に予定がめっちゃ(←って使うのって30~40代だけなんだって~笑)詰まってて、
朝お友達が平日だけど「今日午後お茶しな~い?」って軽く誘ってくれたので合間の時間でちょうど会えて、読みたかった本をたまたま貸してくれて(さっき読み終わったよ♡)
推しくん映画はアレだったけども、そんでトークに登場した推しくんすごい変な表情してて(笑)
それってたぶん、推しくんファンがそこらじゅうにいて(見知った顔)あれ?おかしくね??ってたぶん思って、ちょっとやりにくかったんだと思う~ガンバレ推しくん!!
(きっと意味わからないと思うのだけど、わたしの日常はこんなふうに過ぎていっています楽しいよ~♪♪♪)


そして3月も後半。

結婚したのは22年前の3月で、長男を出産したのは20年前の3月だったな~と今日うだうだしながら思いまして。

すごくない?長男くんもう二十歳なの。
次男くんが今年18歳。

ふたりとも、わたしが家を出てから一度しか会っていないのだけれど。


この状況が、今後変化するかは今はわからないんだけど、
でもたぶんそのうち、生きていれば会えるかなと思ってる。

今はいつという確信でもなく、まだぼんやりしているんだけどね。

その時期がくることをわたしは知っていて、実は会えても会えなくても大丈夫ってことも知っている。。。それはちょっと悲しいかもしれないな。


あちらがどう思っているのかは、本当に知らないし、たぶん最悪の女ってなってるだろうし、
とかはずっと思っては来たけれども(でもけっこうそれはわたしには関係ない)

わたしは家を出たことを後悔したことはなかったなぁ。。。


今のわたしだったら、もっと違うやり方するだろうとは思うし、うまくできるかは別として。
もっと言いたかったことはたくさんあるし、やりたかったこともたくさんあるし、
いい妻、いい母、いい嫁、いい娘、、、もういい子ちゃんし過ぎて本当にわけわからん、って状態だったから、そんなの無理だったのに自分を過信していたんだと思うし、
勝手に期待されてると思って、がんばらないと認めてもらえないと思ってて、
でもお義母さんとかは、「そんなに(家事)しなくていいのよ」って言ってたりとか(でもそう言われると、わたしにはできないって思ってる!?とかって感じてたかも~?忘れちゃったし、わたしがそこまで繊細だったかも怪しいんだけど)

大事にされていたのに、そのことを受け容れられなかった。


それはわたしが自分をないがしろにしていたから、わたしが悪者で、わたしのがんばりが足りなくて、
何もできないと思われてて(でもたぶん、それなりにやれてた笑)
お義母さんが完璧に家事できる人だったから、それに恥ずかしくない嫁になってくれっていうプレッシャーがあってね~これは実際何度も言われていたのでたぶん間違いなくあった。

家出てからすっかりきれいになったけれど、結婚した途端(つきあってるときからだったかなぁ)手荒れひどくて、、、ああ、こういうのストレスっていうのかなぁって思ったり。

でもさ、自分を取り巻く世界が、自分がいつか「望んだもの」なのだとしたら(っていうかそうなんだけど)


あのころのわたしの世界はどうだったんだろう。

本当のところ。


けっこうそこに蓋してるから(ほかにも蓋しっぱなしなものあるけど)


自分が悪いことにしておけばいい、って気持ちは非常に強かったので、
きっと元ダンナはわたしに口汚かったんだねぇ。

うーん、でも今考えると平和でもあったな。

思い出補正かな?(笑)



子供も3人産んで、家もあって、家事とか子育てを手伝ってくれるお義母さんもお義父さんもいて、
元ダンナさんは、本当にわたしが好きでわたしがちゃんと「こうしたい!」って恐れずに言えていたら、なんでも叶えようとしてくれた人だったかもしれない。
(たぶんそうだ。これ書きながら確信した。方向性は違うけど、わたしはダンナを幸せにできなかったんだな、っていうのはわかってた。再婚してうまくいってるみたいだから、運命の相手はわたしではなかったのだと。男を男にするのは、覚悟ができてる女だけなんだよ←わたしはできてなかった)

わたしはわたしを不幸だと思っていた。

わたし自身をみてくれる人なんかこの世にいなくて、わたしは泣いてばかりいて、
言いたいことが言えなくて、がんばってるのに報われなくて。


全部自分発信のことじゃーーーーん!!!!


がんばってきたし、自分わるくない!!!ってどっか思ってて、
まあ実際わたしがすごくこき使われてたり(仕事も一緒だったから)怒鳴られてたりしてるのを身内がみんな見てたからね、ホントに彼には申し訳なかったけど。
わたしがそんなだったので、「彼はそうするしかなかった」んだよね。

わたしがそれを望んだから。


(ああ、めっちゃいやや、、、笑)


わたしは勝手に悲劇のヒロインをしていたわけなんですけど。

でもねー、そこから抜け出すというシンデレラみたいなことをやらかしたわけなんですね~。
そうか、わたしはシンデレラだったのか~~~(´▽`)←平和

あ、白馬の王子さまが迎えにきたわけじゃないけど。ガラスの靴もないけど!
自力で脱出計画立てて、ある意味完璧にやり通したんですね。
病気になって、実家へ戻れることになったところまでシナリオ通りなんだよ、無意識下においてたぶんだけど。
女ってコワイね!!!って我ながら思う(笑)

でもね、これはわたしが、そしてみんなが幸せになるためのベターな選択だったの。
(ベストではないよね、あの場でやり切るって選択肢は常にあった。あーでもそれがベストとも限らないか~)

「母親が笑ってない家庭は幸せじゃない」

って心から思ってて。

なんでかわからんけど、わたしが幸せじゃない家で育った子供も幸せじゃないって確信があった。

わたしはここにいちゃダメだってどこかの時点でわたしはわたしに見切りをつけて(変革を起こすほどの力はわたしにはないと見限った)

とりあえずここから逃げる、という選択をして、お膳立てをしていくの(状況がそこへと集約されていく)


いろんな人を動かして、つなげて、(魂レベルで)協力してもらって。


でも、自分が原因だってわかってなかったわたしは、まあ家出てからもいろいろあるんだけど。
娘ちゃん円形脱毛症になったりするし(たぶんわたしが自分を責めすぎてたから)


みんな生きていればそれぞれにストーリーがあって。
わたしも凡人なりにあったな~と。。。


みんな自分が何が欲しいのか、何が幸せか、、、かな、
なんだろうね、自分に戻っていくとか、還っていく、とかそういう感じかなと思っているんだけど、
そのための過程なだけであって、早く気づいたらそれだけ早く楽になって、自分らしさがどんなものかを確認する必要もなくて、だからこそ自分で生きていける、、、

誰かの人生じゃなくて、自分の人生。



本当に望んでることって、けっこう隠してたりして、
誰かの望みを自分のものだと(わざと)思い込んだりして、誤魔化してることって多いと思うのね。

早く自分に還ろう?

ただ、そう思う。



加えて日々思うことは、

わたしが悩んだり、傷ついたり傷つけたり、泣いたり笑ったりしてきたことは無駄じゃなくって結果的にね、

それが今のわたしを創っていて、娘はそれをちゃんと受け取ってくれていて(円形脱毛させたりしちゃったけど)

もうさ、スタートが違う。


自分が大事にされてることはわかっているし、
受け取ることももう知ってるの。


それでもわたしは彼女に「毒」はあたえてると思うんだけど、大好き過ぎてかなり好きホーダイしてるので(娘に対して)
毒は薬にもなることもあるし(言い訳笑)

そんなの絶対苦も無く乗り越えていくんだろうな~って。


(まあ多少の苦はあるんですかね~オプション的に?)




罪悪感があったんだよね。

全部罪悪感。


がんばらないと価値なんかないと思ってたし、
わたしなんかが幸せになっちゃいけない、みたいなのあった気がする。

被害者意識と罪悪感。



このやっかいなもの。

でも気づいたらなんでもないこと。



まあ、わたし人生の中で自分の直観だけで動いたことが何度かあるけど、

「わたしが幸せじゃない家で育った子も幸せじゃない」

っていうのは本当にそうだったと思う。


いろんなケースがあるだろうし、周りにも「子供が大きくなってから」っていう人も複数いたし、
でもわたしにはその選択はなくって、子どもはいつか巣立っていくからね、
犠牲になることないって気持ちがあって。

わたしの中ではまったく矛盾のないことだったんだから驚きだ。
それだけ追い詰められていたのかもね。


でもどう考えても今があるのはあの決断があったからで、
それをなにかが後押ししてくれていたし、

なんだろうね、人生の不思議。。。そんな感慨。




ああ、あと、ホントに宇宙へのオーダーはオーダーした通りだな、って思った。

オーダーはできるだけ具体的に♡



今夜は文字だけでしかも長々長々書いてみた(´▽`)♪
わたしの脳内に流れる感じにだいぶ近い(笑)


つまりまとまりは、ない♪

こんなわたしですが、これからもどうぞよろしくお願いいたします<(_ _)>


おやすみなさーい。


やすみ。

↑ダジャレじゃないよ♡