生まれてからというものとわさんは完璧なおっぱいッ子。


新生児黄疸も母乳性とやらで中々引けなくて2ヶ月以上土け色してたなぁ。

退院後は昼夜3~4時間毎の授乳。

1ヶ月健診で体重は4700㌘にまで増えてぷっくら。

1ヶ月健診の頃には夜も23時に寝て朝9時頃まで一度も起きずに寝てた。


乳児湿疹もこの頃出始めてお正月の写真は顔中ぶっつぶつ。


生後3ヶ月までぶっつぶつだったなぁ。

首が据わるのも遅くて100日の写真撮ったときもグラグラだった。


歯がはえはじめたのは4ヵ月。

5ヵ月で寝返りして、ズリバイも習得。

運動能力は良かったんだけど、5ヵ月でスタートした離乳食はてんでだめ。


5.6ヵ月は離乳食に悩んで半分諦めてた。

とわが7ヵ月になった次の日お父さんが亡くなった。

その頃には殆ど離乳食あげてなかったんだけど、それを気にしばらく離乳食をお休みにした。


芋類もダメ、果物もダメ、食べやすそうな物は全部試した。
形態が悪いのかとそれも色々試した。


同じ時期に生まれた子を持つ人のブログを妊娠中から見ていたんだけど、とってもよく食べる子で順調に進んでいくのを見るのが苦しかった。

妊娠中は予定日が近くて親近感からコメントもやり取りしていたのに、産後の毎日の離乳食の記事が苦しくて、何でだろう何でだろうって嫌になった。


だから見るのをやめた。


人と比べてはいけないから。

とわはとわ。

わかってはいても見るとやっぱり気になるし比べる自分がいたから。


お父さんもきっとそんな私ととわにお休みをくれたんだと思う。

一月くらい離乳食を休んだ。







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2010年11月18日 息子誕生。

14:09

47.5㌢ 2718㌘

ほにゃらほにゃら泣いてたなぁ。


担当の助産師さんに陣痛より頭出る時の方が痛かったって話したら、そりゃそうだと笑われた。


普通は出やすいように頭の骨を重ね合わせて小さくして出てくる所を…とわさんは頭の形そのまま出てきちゃいました。

小さくしなくても通れる、とても良い骨盤だったんだと誉められました。


けど、痛くない方が良かったな。


ちょっとおっちょこちょいなとわさん、無事に生まれてきてくれてありがとう。



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病棟に案内されるまでに旦那ちゃんにメールした。


11時過ぎに病棟に案内されて直ぐに陣痛室に通された。

着替えて、トイレ行って…痛み強くなってるし旦那ちゃん間に合わないかもって思ってた。


ベッドに横になってモニターお腹に巻かれて内診。

子宮口9センチだね~って。

旦那ちゃんが思わぬ早さで早退してきて、間に合った。

痛い、死ぬ-、息できないー、って喋ってるんだけど、その声すらかっすかすで出てない。


よくTVで叫んでるシーンあるけど、全く当てはまらなかった。

しかも陣痛の痛み刺激で血管しまっててルートも取れなくて、4人くらい助産師さんチェンジ。

もうルートなんて良いですって思った。

で、陣痛室から分娩室に案内されるまで30分くらいだった。

分娩室までの10メートル位がとてつもなく長く感じて、初めて転倒するおじいちゃん達の気持ちがわかった。


ふっらふら。


分娩台に右向きで横になっていきむ。

死ぬー、死ぬー、ってこれまたかっすかすの声で多分旦那ちゃんにしか聞こえてなかったはず。

それにしても中々出てこない。

13時。

時計を見ながら、あと何分後かにはこの痛みから解放されてるはず、と自分に言い聞かせる。

私いきむの多分下手だった。


最後の最後に助産師さんに仰向けになってと言われて…、直ぐに産まれた。


今度産む機会があれば、最初から仰向けにしようと思った。

出てくる前赤ちゃん出てきたら自分で取り上げるよ~手出してね。と言われたけど、嫌だ~と拒否。


結局無理矢理自分で受け取りしたんだけど、嫌~怖い~イヤ~、とこれまでにない大声で叫びこの声だけ、母達に聞こえたそうだ。


それでも直ぐにカンガルーケアしておっぱい飲ませて、家族三人で写真撮って分娩室で2時間三人の時を過ごした。


おっぱいは妊娠6ヵ月の頃から出るようになってたから、すぐに飲めてたみたい。





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