今般の新型コロナウィルス蔓延で、観光産業界に壊滅的な被害が出ております。

とある報道番組で星野リゾートの星野佳路社長がこんな風に語っておられました。

年間の日本の海外旅行は約600万人です。その海外旅行客が足止めくっている今、むしろ国内旅行の増加のチャンスが訪れる。今こそ、マイクロツーリズム需要拡大のチャンスなんです。

マイクロツーリズムとは、日帰りや近場への旅行を指す言葉で、日本人が海外へ積極的に出て行く前はむしろこちらが旅行の主流でした。

という事で、今回からマイクロツーリズム特集です。
世界遺産はたまにしか出ませんが、ご愛敬という事で。


今回は私の地元福岡の水郷柳川に行ってまいりました。

こんなところです。

ヴェネツィアに勝るとも劣らない美しい風景です。
市内には縦横無尽に水路が走っています。

元大関の琴奨菊関は柳川市のご出身で、大関昇進の際には、川下りをして地元に祝福されていました。


さて、この水路は掘割と呼ばれ、豊臣政権で家老職にあった田中吉政公によって築かれました。

吉政公はあまり有名ではありませんが、関ヶ原に負けて伊吹山系に潜んでいた石田三成公を捕らえた事で有名です。斬首直前の柿のエピソードが有名ですね。

元々柳川の地は立花宗茂公の領地でしたが、宗茂公は西軍に与したため、改易され諸国を放浪する浪人となる憂き目にあいました。

しかし、ここからがすごいところで、なんと20年かけて旧領に復帰することになります。

これは全国津々浦々徳川政権に弓を引いて旧領に復帰したのは、宗茂公ただ一人です。

実父は風神の異名をとる「高橋紹運」、岳父は雷神の異名をとる「立花道雪」。この二人から薫陶を受け、絶対に諦めないというマインドを培ったに違いありません。

その後、立花家は明治まで続く名門となり、その邸宅は今なお、大事に保存されています。




さて、旅の最後は温泉につかって、名物の「鰻のせいろ蒸し」を食べて今帰っているところです。


また、地元の宗茂公に対する熱意は凄まじく、大河ドラマへの招致運動はやや常軌を逸した熱意です。


このポスターが市内の至る所に掲示されています。

コロナショックも宗茂公の捲土重来の精神があれば、乗り越えられるでしょう。

では、本日はこの辺で失礼します。