ワンダフルワールド

ワンダフルワールド

宇宙系エッセイスト/スターシード/エンパス/チャネラー/50代/KIN167音11青い手赤い地球/3歳年下で舞台監督の夫と息子3人/家族とのワンダフルな日常を綴ります。

Amebaでブログを始めよう!

2011年3月11日、東日本大震災が発生した。

その年の年末、発表された今年の漢字は、「絆」だった。

 

震災の3週間後、大阪にある私の自宅が全焼した。


夫は仕事、長男は遊びに行き、次男と三男はサッカーの練習で、家に居たのは私1人だった。
夕方、私は2階のリビングで洗濯物を畳んでいた。
つけっぱなしのテレビから、被災地へ支援物資とともに芸能人が訪れる様子が流れていた。
ふと、石油ストーブをつけたような匂いが私の鼻をかすめた。
不審に思い、周りを見回した。
大きな蛇が地面を這うように、白い煙が階段から壁の下をつたって私の前を進んで行った。
「え?」
思うが早いか、私は飛び上がって階段を駆け下りた。
真っ白で何も見えない。
玄関ドアの隙間から、僅かに入ってくる光を頼りに、四つん這いで走って外に出た。
たまたま、家の前で遊んでいた近所の子どもと目が合って、

「家の人に消防車呼んでもらって!」

と、咳き込みながら叫んだ。

そのまま家の裏へ回り、「火事です!」と大声で叫びながら、玄関のドアをたたいて回った。


遠くから、けたたましいサイレンの音が近づいてきた。
大きな消防車が何台も止まり、中から銀色の消防士が何か叫びながら、飛び出してきた。
若い消防士が、「発見者の方いますか!」と叫んでいる。私は手を上げた。
状況を聞かれ、あったことを話した。
彼は「ここから離れないでください」と言い残し、去っていった。
背中から、近所の人らしい声が聞こえてきた。
私を指さし、話す気配がする。
振り返ると大勢の人だかりができていた。
消防士が、大きな長靴を持ってきた。
「これを履いてください!」
足元を見ると、私は靴を履いていなかった。靴下が破れ、血がにじんでいた。
春一番が吹き、嵐のような風が炎をあおり、消火活動を妨げた。
突然、私は誰かに肩を抱かれた。
「気をしっかりな。これからが大変なんやで」
近所に住んでいるおばちゃんだったが、初めて話した。
私は、おばちゃんに携帯電話を借りてサッカーのコーチに連絡した。
私が名乗ると、「お母さん、大丈夫ですか」
コーチは火事のことを知っていた。
私が迎えに行くまで息子をお願いします、と伝えた。
次に夫に電話した。
「家、燃えてるねん」
「え、ちーちゃん大丈夫?」
「うん、子どもらも大丈夫」
「すぐ帰る!」

 

2時間くらい経っただろうか。
我が家を含む6軒を焼いた炎は、ようやくおさまってきた。
家の持ち主たちが、次々に仕事から帰ってきた。
燃えた家を見て、言葉の出ない人や泣き叫ぶ人もいる。
みんな火元は私だと思っているようだった。
私は訳がわからなかったが、火の出た時に家にいたのは私だけだったので、強く否定ができなかった。
ある人は、「どうしてくれるねん」と私に詰め寄り、ある人は、「逃げるなよ!」と怒鳴り、「うちには怖い親戚がおんねん」とすごんでくる人もいた。
今まで、子育てをしながら近所づきあいをしてきた人たちが、殺人者を見るような目で私を睨んでいる。
「ちーちゃん?」
夫の声がした。
彼は、状況がつかめぬまま近所の人に頭を下げた。
「すみませんでした。でも、火元はまだわかっていません」
「何言うとんねん。お前とこに決まっとるわ」
隣の奥さんが、泣きながら私につかみかかってきた。
私はよろけて倒れそうになった。
夫が叫んだ。
「お前ら、うちやなかったらどないするねん!」
気づいたら長男が私の腕を支えてくれていた。
家の周りに黄色いテープが張られた。
消防隊長がそっと私の所にやってきて、

「お宅が火元ではないですよ」

と教えてくれた。

 

日の暮れたグラウンドで、2人の息子がコーチとボールを蹴っていた。
大きな長靴を履いて、のそのそ歩いてくる私に気がついて、「ロボットみたい」と可笑しそうに笑った。
すぐに夫の姉が、車で迎えに来てくれた。
その夜、息子たちはいとこと一緒に眠り、私と夫も子ども部屋を貸してもらった。
シングルベッドで二人並んで横になった。
窓のない部屋は、電気を消すと真っ暗になった。
「火事って火を出したとこが弁償せんでいいんやて」
「だから、うちが火元やないってみんなに言わんでええわ」
「火元の家がどんな目にあうか、見たやろ」
私は自分に言い聞かせるように独り言を言った。
耳元で夫の寝息が聞こえてきたが、私は全然寝つけなかった。
火元でないとわかっても、良かった、という気にはなれない。周りの人は、私を火事の犯人だと思っている。
家が燃えてしまったことより、一瞬で変わってしまう人の態度に傷ついた。
「これからどうやって生きていったらいいんやろ」

心の中で言ったつもりが、声になっていた。

「ちーちゃんは俺が守る」

隣から夫の声がした。
瞬きを忘れた私の目から、津波のように涙があふれ出た。
目を閉じると、どばーっと布団にこぼれ落ちた。

私には、息子が3人いる。
長男を授かった時、「どんな事があっても、嘘をつくまい」と心に誓った。
私と夫だけは、子どもにとって裏表のない親でありたい、絶対に信頼できる存在でありたい、と思ったからだ。

そんな私が、誓いを破らざるを得ない事態に直面する。
次男が中学1年生だった時だ。
幼いころから元気で人懐っこい性格の息子の周りには、やんちゃな子が集まってきた。
学校から注意を受けたり、警察から補導されることもあり、目立つ存在だったと思う。
春休みを目前にした2月の半ばごろ、夕飯の準備をしている私の背中に、息子がささやいた。
「ちーちゃん」
消えそうな声だ。
「話あんねん、誰にも言わんといて」
私は振り向いて息子を見た。
青ざめた表情から、ただならぬものを感じた。
「Sが上級生からぼこぼこにされてるねん。誰かわからんくらい顔が腫れてるねん」
Sとは違うクラスだが、中学で友達になった。
「次はお前や、って言われた」
中学1年といえば、まだあどけない子供だ。
私は、すぐには信じられなかった。
「Sな、先輩が怖くて親にも先生にもよう言わんねん。ほっといたら死んでしまう」
息子は震えている。
「私はどうしたらいい?」
息子に聞いた。
「話聞いてくれるだけでいい」


私は息子に「スーパーへ行く」と言い、コンロの火を消しバッグを取って家を出た。
暖冬とは名ばかりで、氷のように冷たい風が私の頬を突き刺した。
顔を横に傾け、歩きながら学校に電話した。
担任に息子から聞いた話を全て伝え、「絶対に私から聞いたと言わないように」と、何度も何度もお願いした。
「お母さん、よく話してくれました。安心してください。必ず息子さんとSを守ります」
私は、先生の言葉にほっと胸をなでおろした。

翌日、学校から帰った息子の言葉に私は耳を疑った。
「 Sのこと、先生に話したん?」
「なんで?」
「ちーちゃんが、Sを殴った犯人のことを言ったって、騒ぎになっててん」
あろうことか、昨日担任に話したことが学校中に知れわたっていた。
「言ってない!あんたが私を信じて話してくれたのに、言うわけないやん」
私は、はじめて息子に嘘をついた。
「Sの親が、ちーちゃんに感謝してるって。ちーちゃん、英雄になってるで。俺は、信用失くしたけど」
私はただ、立ち尽くした。
奥歯を噛みしめ、息子の言葉を受け止めた。
(あれだけ言ったのに……)
「なんでこんなことになったんか、先生に聞いてみる」
私は息子の顔を見た。
苦しみを押し込んだみたいに、眉の間に皺が寄っている。
私は携帯を取り寝室へ行き、学校に電話した。
「Sを助けるためです。Sも上級生も認めないので、お母さんから聞いたと言うしかなかったんです」
担任は、台本を読んでいるかのようにすらすらと話す。
「関係無い!息子は私を信じて話してくれたんです。あの子の立場はどうなるんですか!母親に告げ口する裏切り者って言われてるんです」
「それでもSは助かったんですよ。お母さんの勇気のおかげです」
暗記したセリフのような担任の言葉に、私は何を言っても無駄だと悟った。

リビングに戻ると、息子は床に寝転んでいた。
私に気がついて、くるりと寝返り背中を向けた。
「先生、Sを助けるために私から聞いたってデタラメ言うたんやて」
私はまた、嘘をついた。
「そうなん?しゃあないな」
今度は仰向けになった。
両手を枕にして、じっと天井を見ている。
私はキッチンへ行き、冷蔵庫から缶ビールを取った。
「飲まなやってられへんやろ」
息子に渡した。
「そやな。なんでやねん!」
起き上がりながら、息子が缶を押し戻す。
私は、ふたを開けビールをあおった。
「ゴクッ、ゴクッ」と、のどを鳴らしながら一気に流し込んだ。
途中で炭酸が喉に引っかかったが、止めなかった。
「うえーっ」といううめき声とともに、ビールが私の鼻や口から流れ出た。
手で口をふきながら息子を見ると、顔が笑っている。
私を見る息子の頬は、ピンク色に染まっていた。

 

 

 

 

 

息子は17歳、高校3年生の夏のこと。

校舎の薄暗い廊下に、椅子が置かれていた。

私と息子は並んで座り、面談の順番を待つ。

工科高校の建築系に通う息子は、今日就職先が決まるかもしれない。

試験はあるが学校から認められれば、ほぼ内定がもらえるらしい。

蒸し暑い空気が、肌にへばりつく。

私は立ち上がって廊下の窓を開けた。

外から、耳をつんざくようなトランペットの音が聞こえてきた。
 

数日前、息子は志望する会社を提出した。

それを基に、成績の優秀な子から面談が始まるそうだ。

今日は最終日で、私たちは一番最後だった。

 

息子は1年の時から成績が悪かった。

後期の授業が始まってすぐ、私と息子は学校に呼び出された。

西日の差しこむ教室で、先生は私に成績表を見せながら、

「息子さんはおそらく進級できません」

と告げた。

息子は、机から両足を放り出してふんぞり返っている。

窓の向こうに、ぼんやりと電波塔が見えた。

「あんたが誠意見せるしかない」

私は、窓を見ながら声を荒げた。
「授業中、先生と目が合ったら頷け。実習は、手を抜くな。わからんところは先生に聞け!」

矢継ぎ早に話す私に、先生が口を挟む。
「お前が変わらな、俺も助けられへん」
私は先生に聞いた。
「先生、厳しい運動部はありますか」
「バレー部の練習が厳しいと聞いてます」
今度は息子に顔を向けた。
「バレーやり!」
とまどう息子に畳みかける。
「あんた、背高いからバレーやり!」
私はもう一度先生を見た。
「先生、この子運動神経はいいんです。きっとやれます」
先生は、驚いたようだが息子を見た。
「やってみるか」
「えっ」

「そこは、『はいっ!』や」
私が割り込んだ。

翌日から、息子はバレー部の練習に加わった。

何に救われたのか、2年に進級できた。

成績は相変わらず上がらなかったけれど、バレー部ではアタッカーとして活躍し3年生になれた。

 

夕方の校庭から、運動部員の野太い声が聞こえてきた。

隣に座る息子は肩をすぼめるようにして座っている。

息子の背中に手を置くと、手のひらが汗でぬれた。
ひと月ほど前、私は息子から相談された。
「どの会社にしよ」
息子が求人先のリストを差し出した。

私はそれをちゃぶ台に広げた。
「やっぱりゼネコンがええな。明石海峡大橋とかドーム球場みたいな、凄いもの造ってほしいわ」
息子が横からのぞき込み、呟いた。
「俺な、みんなが住む家を建てたいねん。凄いもんやなくて」

(そんなこと思ってたんだ)

息子からの意外な言葉に、ドキッとした。
そう言えば、無理やり入れられたバレー部だけど、あざだらけになりながら続けていた。

遅刻せず、毎日学校に通っている。

頼りないと思っていたけれど、この子なりに頑張ってたんだ。
私は、ある会社に目を留めた。

日本を代表する企業の子会社だ。

採用予定1名、と書かれていた。

きっと息子よりできる子が就職するのだろう。

だけど私は、「ここがいい」と思い社名に丸をつけた。

息子の顔を見ると、行きたそうな表情をしている。
「ここって俺の建てたい家、建てられるかな」
「うん!」

 

教室の戸が開き、男子生徒と母親らしき女性が出てきた。

私は女性に頭を下げた。が、彼女は私を見ずに去っていった。

息子は両手で顔を覆い、天を仰いだ。

先生に呼ばれ、机を挟んで向かい合う。

窓の向こうで、電波塔が陽炎みたいに揺れていた。
先生が息子を見た。
「強気に出たな」
息子はうつむいた。

少しの沈黙の後、先生は微笑んだ。
「結論から言います」
私は身をのりだし、先生は続けた。
「この会社を受けてもらいます」
息子は机に両手をつき、腰を上げた。


校舎を出て2人並んで歩く。
私は息子に、「良かったな」と声をかけた。
息子は頷き、自動販売機の前で立ち止まった。
「何がええ?」
息子はズボンのポケットをまさぐっている。

私は息子の背中に、「緑茶」と答えた。

息子の手にはブラックコーヒーが握られていた。

(コーラしか飲んだことないのに)


夕暮れの道の向こうに電波塔が見えた。

 


 

※写真はこの方のブログから