雄琴まで足を伸ばせば

足湯温泉につかり冷えた体を温めることができる

男は夕暮れ、窓に街の灯を見て肉じゃがを焚いた

すじ肉、ジャガイモ、赤こんにゃく、玉ねぎ

ことことことこと

夜、人肌に温めた酒を手に

湖岸の灯りがクモのネットのようにゆらぐのをみた

春を持つ

今は眠ろう

男は椅子を立ち上がり部屋を渡った


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枯れ木が陽を受けて金色に光る

湖を見下ろす青い町

山の上に人々は神を祀り

湖の深く豊かな輝きに

人々は安堵してきた

春は桜吹雪

夏は音もすずしく下る清流

秋はもみじのすだれ

今は音もなく白い雪の棚田

空にピーヒョロと笛の声

男は見上げてトビをみる

絶えることのない念仏と鐘の音のする西教寺

濡れて濡れて

男は今日も行くのだった



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松の木の下から男は朽ちた桟橋をみていた

記憶を巡る船が舫いロープを解いて出て行った

人影のない汀から

とめどない波音

浮かぶ水鳥の影

砂の中に眠る貝

船は空をも走り

記憶巡りの船は

空をゆく雲に分け入り

遠く連なる山々に

風に聞こえる声

砂に埋もれた道

記憶巡りの船は行くのだった




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男は冬の庭の椅子に腰掛けていた

ふと窓の中に人影が見えた気がした

それは風のせいだった

木の葉のざわめく音が聞こえた

でもそれも気のせいだった

なつかしい平穏な日々が思い出されてきた

それはなかったのかもしれない

でもなぜか思い出されてくるのだった

それは寒空の晴れた日の事だった



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西教寺の坂を行く

ライトアップされた紅葉の下

石段をのぼりつめると

ライトアップされた二十五菩薩様

音楽を奏でる菩薩様はまるでステージにあがったエンタテナー

秋の夜、坂本の町は灯りと紅葉との競演

帰り道、見上げれば星空

見下ろせば琵琶湖に光る灯火

男は泣きたくなって

泣いてもいいかと思いつつ道を行った

男はしあわせでいっぱいであったのだ



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雨あがりの午後、琵琶湖も山々も霧につつまれていた

男は傘ももたず

山の辺の道を行く

沢蟹が濡れた道を渡ろうとしていた

男をみた沢蟹はあわてて道を引き返した

蟹のハサミが一つ失われていた

争いでもあったかと思う

山の辺の道を抜けると

雨だったにもかかわらず観光客の影があった

男は赤い鳥居をくぐり坂の町を歩いた

生きていれば

君は尊い

そんな言葉のある石をみてふりむいた




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坂の上の寺のイチョウの大木が明かりを灯したように黄色を帯びていた

男は観光客の歩く道を抜けて無動寺道にむかう

カゴに盛られた無人販売の柿を買いに

つくり道をもどると蕎麦屋から女たちが出てきた

中は満席で席がなかったようだ

馬場通りの石の鳥居を抜けてゆるやかな参道をのぼった

行列をなして観光客も日吉神社にむかっている

忍ばずして事はなされることなし

男は石に刻まれた言葉をチラッとみて歩きつづけた

どの道を行くにしてもそうなんだなと思い




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男は琵琶湖を見下ろしていた

南に向う列車が駅を出発したのが見えた


花の季節が過ぎた椿は暗い顔をしていた

あたらしくペンキを塗った木の柵が雨をはじいて

空になったペンキの缶が雨を溜めていた


北に向う列車が駅に到着する
女は死のうと思ったことがあると言って微笑んだ

雨風にさらされた石地蔵のように








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遠メガネを手に琵琶湖の夜景をのぞき見ると

筒の中で街の灯りがグルグル飛び跳ねている

青、赤、オレンジ、白がグルグルと虫のように

遠メガネを手に男はのぞいてみた

しあわせもかなしみも遠メガネのなかでグルグル見えた

遠メガネは不思議なメガネ

まるで手に取るようにこころの灯りがふるえている

男は思った

遠メガネはそっと置いておくのが良いと




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西の空でやせ細っていた三日月が

上弦の月に変わっていた

虫が鳴いている

暗闇のなかで家々は赤い灯りを窓に映している

ときおり人の声が聞こえる

まだ昼間の暑さがこもるのか戸を開け放っている家もある

石積みの里は星の下で眠ろうとしている

昼間、山から下りてきたサルも

なにやら手にして山に帰っていった

こころ軽い男はつまらぬことに悔んだりしながら

眠るのだろう

山の無動寺の阿闍梨(アジャリ)様も眠るのだろう




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