コロナ禍からの出発
今日(8/6)から夏の高校野球が始まった。暗い話ばかりでこの夏も心なしか”夏がやってきた”と云う実感を得ない。
憂鬱な日ももう3年だ
そんな中
アルバムにウグイスのひなの写真が顔を出した
そう云えば今春はウグイスの声をよく聞いた。山では今も聞く。
テレビではにわか雨による開会式の時間待ちで過去の名場面を放映していた。
高齢になると、かつて活躍し、生活していた頃の回想が鮮明に脳裏を駆け巡る。
ウグイスとの遭遇もその一環か!
今春の出来事を想いだし、これからやってくる酷暑、蔓延するかもしれないコロナへの対策を考える糧にしたいものだ。
人は嫌でもこの世の時間(余生)を消化して行かねばならない。同じ消化するなら後悔のない使い方をせねば悔いが残る。
ただし自分が納得する範囲でいい!欲張らない、人と比べない、これらを順守して、これからやってくる時間を消化したい。
ウグイスのひな ひなにも生きる本能を成就せねばならない宿命があるのだろう
澄んだ眼は人間のそれと似ているように見える
ウグイスの親
自然の節理を体験し、打ち向かい、生涯を終えるウグイスの親は人間と同じだ

ウグイスが鳴いている木の下での花見会----コロナのウサを吹き飛ばせ!

登山に連れて行ってもらったS氏の案内もあって当時の足跡が鮮明に脳裏を駆け巡った
インフラの見直しが叫ばれている昨今、担当した高架工事近辺の自然を探索した。
つい、近日の出来事だが、コロナ禍でしぼみかけた人生の花を一瞬でもほほえむ原動力になることを祈る
やがて月遅れのお盆がやってくる。先祖供養、しまん六千日の巡行等忘れずに履行するのが我々高齢者の務めのように思える。
目まぐるしく変化する出来事に負けずにいる尺八君の感じる今日この頃である。
やがて月遅れのお盆がやってくる。先祖供養、しまん六千日の巡行等忘れずに履行するのが我々高齢者の務めのように思える。

