皆さんはじめましての方とお久しぶりの方、またまた書き込みしました、皆さんよろしくお願いします。
富山県高岡生活保護課の職員さん:北海道帯広市生活課の職員さん:B型事業所の皆さん:デイハウスの皆さん
富山県のかけがえのない友達:同級生親友:本当に感謝しています
これらもどうか、温かい目で見守ってください
自己紹介
生活保護になって約12年になります現在59歳でバツイチの僕です
北海道帯広に住んで8年経過しました
生まれは、北海道釧路で18歳まで住んでいたのですが
結婚、離婚してバツイチとして東京、神奈川、富山県と
住んで来ました。
生活保護になったのは、神奈川県に住んでるとき
仕事終わって、帰り電車内で、体調悪いなと
思っていたとき、フッって左手が上がらない
汗を掻く、2月というのに、変だなと思っていた
時、言葉は出ないことに気づきました
隣の人に、助けを求め、降りた場所が横浜駅
駅員さんが、救急車を呼んでもらい
病院へ、Drから、脳梗塞と言われた時に
気を失い、気がつけば、病室のベッドの中でした
まぁそこから、Drから、働くのは無理と判断され
神奈川県横浜で生活保護になって過ごしていたのですが、
7年後同級生から電話で、富山県で会社起こしたから
支度金出すから来ないかと言われ、生活保護を
打ち切って、富山県に移住したのですが
2年後また、富山県で脳梗塞を発症
2回目の脳梗塞です
仕事は、出来ないので
再び生活保護になりました
もう、富山県に一生涯すごす決意して
住所は富山県にあるのですが、
戸籍は、北海道釧路だったので
戸籍を富山県に移したのです
戸籍に娘の名前あったので
娘に連絡しないと慌てて
娘を探しましたけど、市役所では
個人情報保護法で教えてもらえず
SNSで、さがしました
見つけたときは、ドキドキです
別れた時、娘が3歳で
別れて20年の時が流れ
23歳の娘を見つけたとき
「どうしようなんて、言えばいいのだろう」
と思っていたのですが、富山県の友達そして
同級生に、背中押されて、連絡したのです
22歳の実の娘から、「どこにいるの?お母さん男の人出来て北海道に居ないよ」
いわれ、それから色々話をしました
連絡して、数日たった話の中で、何回も「北海道帰って来て」
言われて考えました。僕は生活保護、引っ越しなど出来ない
と思っていたのですが、富山県の生活保護
担当のケースワーカーに相談したのです
「帰って来て娘から言われて」はじめは無理ですという
返事でしたが、友達に相談したんです
友達から意外な言葉が
「富山の県庁に電話して聞いてみなよ」
電話県庁電話したところ
「大丈夫です。娘さんの近くに行くなら、安心ですよね」
「そのまま、生活保護のケースワーカーに話してください」
いわれるまま、生活保護のケースワーカーに話したとき
北海道に転居きまりました。
富山県の生活保護から北海道帯広生活保護に移管して
いま現在、北海道帯広住んでに8年になります
北海道帯広市住んでからも、やはり普通の仕事は無理です
生活保護受けながら、B型事業所とデイケアに通って
今までもこれからも生きていきます。
読んでくれてありがとうございました。