本日は阪神・淡路大震災から20年目の節目でしたね

朝早くから追悼行事が行われていました。


東京に住む私には、早朝でもあり、揺れ何も感じなかったですが、起きてテレビをつけた瞬間に、大きな地震が関西地方で起きたんだなぁ....と思った程度でした。


会社へ行ってもそんな程度での会話が昼ごろのニュースや特別番組が始まって、大きな被害で、大変なことになっている、と理解ができたのです。

少しタイムラグがありましたね、理解するまでに。



直下型で大阪市はそれほどの被害ではないようでしたが、神戸や淡路島は被害が甚大だったという、集中被害ですね。



地震にはご存知のように、震度マグニチュードという、2つの大きさを表す表示があります。

しかし、この2つには、数字が0.1違うだけで地震のパワーが大きな差があるマグニチュード。


感覚的な揺れの大きさを示す震度、と分かれます。

震度のほうが、どこでどのくらいの大きな地震があったと分かりやすいですね。


マグニチュードは、地震の力を示すものですから、意味合いが違います。


詳しい説明をしていると、大変なので省きますが、震源地により近いところが大きな揺れが来ますが、一度震度が低い地域を過ぎて、また大きい震度の地区があったりもしますね。


また、揺れのピーク1発で、建物が崩壊する場合や、前揺れで傷つき、ピークで崩壊、またピークでダメージを受け、その後の揺れでの崩壊や、余震での崩壊など、建物もいつ崩壊するか分かりません。


まずは頭を保護して、窓の近くや倒れてくるような家具・ロッカーからは離れて、ドアを開けましょうね。

夏でも薄手のジャンバーなどの長袖は、ケガを減らすのには重宝します。

女性も靴は机の下に準備しておきましょう!サンダルはガラスの破片等で危険です。


自然と言うものは怖いものなのです。


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その阪神の震災の時は、募金活動しか私にはできませんでしたね。


そして、同じ年にはサリン事件です。



それから被害としては、日本の自然災害のきちんとした記録上、関東大震災よりもパワーがあり、大きな被害をだした、東日本大震災も4年が過ぎようとしています。


しかし、内陸の都市部は、被害が元々大きくはなかったのか、復興は早いようですね。

普通に機能しています。

仙台に2軒ある親戚は、不自由は無いということです。


ただ、都市部と比較して、海岸地区の復興は間々なりません。

鉄道が開通したりもありますが、復興住宅もまだまだですね。



今後も予想される、地震と津波対策の計画ができていないのか、防波堤や海岸に近いところをどのように使うか、また、その分、住宅地を高台に確保するためには道路の整備やバスの運行経路など、色々と大変なのは理解できます。


最近は話題には出ませんが、復興資金を別のことに使ったり、高速料金を悪用したり、というのは聞かなくなりましたが、やはり復興は遅いのでしょうか?


それともそれだけ大きな、広大な被害だったからでしょうか?



神戸の復興住宅も、20年の使用のみ、と言うのが伝えられていなかった住民も多く、引越しを迫られていると聞きます。


また、商店街も1階は店舗はあれど、地下や2階はシャッター街になっている復興住宅もあるとか....


人がいなくなれば、商売もできませんね....


東北ではきちんとそれらの教訓を生かして欲しいです。


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私は宮城が両親の出身地なので、1ヵ月後にボランティアとして手伝いに行きました。

ちょうど、うつ病と肝臓病で会社も退職していたので、少し身体を動かしながら、皆さんの手助けをしようと考えたからです。


埼玉に多くいる親戚達と向かったのですが、テレビでは放送できない惨状が、1ヶ月経過した後もそこらじゅうに残っていました。


1ヶ月経過したご遺体を何人見つけたことか....


物凄い衝撃を受けて帰ってきたものです。

そしてフラッシュバックが続き、糖尿病も発症した私。





でも風化させてはいけないのです。


このことを語り継ぐ人々もいます。

戦争体験でも同じですね。


そのような方たちによって語り継がれている以上、現在進行形なのです。


そしてその教訓から、未来への対策となることを願っています。



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しかし、療法の震災も、出来事としては当然、過去の過去形の言葉で話さなければなりません。