面白くなくっちゃ、続かない! -2ページ目

面白くなくっちゃ、続かない!

ひと・もの・こと。
それぞれが重なって、心が動く瞬間がある。



心がざわつくときに気づくこと*



最近、ふとした瞬間に心がざわつくことがある。
理由がはっきりしているわけではないのに、
「もしかして…?」と、起きてもいない不安が頭の中に広がっていく。

こういうとき、人は驚くほど静かに、
そして勝手に“疑心暗鬼”という迷路に入り込んでしまう。


◆見えない影に心を奪われる瞬間

誰かの言葉の裏側を深読みしたり、
ほんの小さな違和感を膨らませてしまったり、
本来なら流せるはずのことに足が止まる。

実際には何も起きていないのに、
想像が現実よりも強く働きはじめる。

そんな時期は、
疲れが溜まっていたり、
守りたいものが増えていたり、
自分の心の余白が少なくなっている証拠なのかもしれない。



◆疑う自分を責めなくていい

「こんなふうに考えるなんて、私ってダメだな」
と責めてしまいそうになるけれど、
実は“疑心暗鬼”になるのは、とても自然なこと。

むしろそれは、
自分を守ろうとする本能が働いている状態。

だから、必要以上に自分を追い込まなくていい。
“疑ってしまう”のではなく、
“それだけ大切にしたいものがある”だけ。



◆不安を静かに整える方法

疑心暗鬼に入ったとき、
私が最近意識しているのは次の3つ。
1. 事実と想像を分けて考える
– 今起きていることは何?
– 私が勝手に想像していることは何?
この仕分けだけで心がかなり軽くなる。
2. 自分の状態を確認する
思った以上に疲れていたり、
人間関係に気を遣いすぎていたりする。
3. 深呼吸して、いったん距離を置く
迷路の中で急いでも出口は見えない。
立ち止まった方が早く抜けられることもある。



◆“信じる”という選択は、自分のため

疑心暗鬼は、人を遠ざけるようでいて、
実は自分自身を苦しめてしまう。

だからこそ、
誰かを無理に信じるのではなく、
“まず自分を信じる” ことが大切。

自分は大丈夫。
私は私の判断で進んでいい。
そう思えたとき、心がふっと軽くなる。



◆おわりに

不安に飲み込まれそうになることは誰にでもある。
でも、疑心暗鬼は永遠に続くものじゃない。
気づいた瞬間に、静かに輪郭が消えていく。

今日の私は、
「大丈夫。私はちゃんとわかっている」
そう言って、心を整えたい。


~あの人の影に怯える午後3時~**

世の中には、
「幽霊より怖いのは、人の想像力」
という言葉がある。

まさにそれ。

今日もまた、私の頭の中で “存在しないはずの人影” が自由奔放に暴れまわっている。


◆第1章:気配だけが歩いている

なぜか知らないけど、
最近、誰かの「気配」だけが勝手に歩いている。

実物はいないのに、気配だけ出勤してくるのだ。

カツ、カツ、カツ…
(※実際には誰も来ていない)

気配だけで勤怠が発生するとは思わなかった。
気配にも給料が必要なのかもしれない。


◆第2章:私を追い込む“空気の座談会”

さらに悪いことに、
その気配たちは私の留守中に 空気でミーティング をしている。

議題:
「今日も存在しない私たちのことで、あの人を不安にさせる」

参加メンバー:
空気A、空気B、空気C
(実体なし・人格なし・給料なし)

議事録を見たい。
空気のくせに議事録はたぶん完璧だ。


◆第3章:疑心のプロジェクトチーム、勝手に発足

ある日突然、
私の頭の中で「疑心暗鬼プロジェクトチーム」が立ち上がった。

代表取締役:不安
事務局長:心のざわざわ
顧問:過去の記憶

彼らは私に無断で活動している。
そして、私の未来予想図を勝手に作って提出してくる。

その完成予想図がまたヒドい。

・ありもしないトラブル
・起きてもいない事件
・存在しない人の裏切り

いや、そんなの私は発注してない。
キャンセルしたい。


◆第4章:現実に戻るスイッチ

でも、ふと気づくのだ。

「…あれ?全部、私の想像じゃない?」

そう、全部 想像の産物。
影も形も、そもそも存在してない。

存在しないはずのものに、自分の時間とエネルギーを吸い取られていたのだ。

そんな自分に、笑えてきた。



まとめ:疑心暗鬼は“自作ホラー



疑心暗鬼って、
自分で勝手に脚本書いて、
勝手に演出して、
勝手に怖がるホラー映画みたいなもの。

しかもこの映画、
上映中止できるのは 自分だけ。

今日の私は上映ボタンを押してしまったけど、
明日は押さなくてもいい。



◆最後にひとこと



存在しない「影」を怖がっていた時間を、
私はもっと違う何かに使いたい。

おいしいランチでも、
未来の準備でも、
自分の気持ちが上がることでも。

疑心暗鬼は、
気づいた瞬間に、ただの「影」に戻る。

だから今日の私は、
影たちに静かに言った。

「帰れ。」

12月に入り、いよいよ年の締めくくりの時期となりました。


今年は特に、

日々の意思決定のスピードを、

上げなくてはいけないことが、

多かったため、


1年が一瞬で過ぎた

と実感しています。



今月は、
・今年の成果と課題の整理
・来年の戦略の設計
・関係者との連携強化

・組織と自分のアップデート


を丁寧に行う時間にしたいと思います。

走り続けた1年間をしっかり見つめ、
次のステージに進むための準備を整える

そんな意味のある12月にしていきます。


追伸

先日、上野から新幹線に乗りました。

上野駅には、たくさんのクリスマスツリーがあり、華やかクリスマスシーズンを感じました。


さすが、上野🤣

クリスマスツリーも、パンダの飾りでいっぱい💕

ふと笑顔になった瞬間😉


🐼🐼

私はよく「自己肯定感が高いね」と言われる。
でも実は、特別自分が好きなわけじゃない。
仕事が完璧にできると思っているわけでもない。
ましてや、自分が飛び抜けて美人だとも思っていない。(笑)


じゃあ、なぜそう見えるのか。

ちょっと違うんだよね。


私の場合は“生まれつき”じゃなくて、
自己肯定感を高くしようと努力してきた その積み重ね。



傷ついた日もあったし、
自信をなくした日もあった。
だけど、自分を嫌いにならない努力だけはやめなかった。

だからこそ、
一緒にいると自己肯定感が下がる人とはいられない。
自分を否定してしまうような関係は、
どれだけ好きでも壊れてしまう。

毎日

毎日
揺れながら、

迷いながら、
それでも自分の味方でい続ける努力をしている。

それが、私の自己肯定感かな。。




#自己肯定感 #自己肯定感の育て方 #生まれつきじゃない #努力で作る心 #自分の味方でいる #自分を嫌いにならない努力 #揺れながら進む #大人の気づき #心の成長 #心のメンテナンス #人間関係の距離感 #自分を守る勇気 #選ぶ勇気 #私は私でいい #感情強めでごめんね #でも本音

先日、「京都かなえ」と「福井 一乃松」のコラボ会に参加した。
肉料理と和食という、一見すると方向性の違うジャンル。
「組み合わせとしてどうなんだろう?」という好奇心もあったけれど、
実際にいただいてみると、その“違い”が見事に調和していた。

かなえの極上のお肉の存在感。
そこに一乃松の繊細な和食の技術、さらに福井らしいカニなどの素材が重なり、
お互いの良さが引き立つ、非常に完成度の高いコースになっていた。

そして私は、この体験から気づきがあった。



ビジネスにおいても“異なる強みの掛け合わせ”こそ、新しい価値を生む。

・業界が違うからこそ生まれる視点の違い
・専門性の異なる者同士が組むことで、顧客体験が一段深まる
・「自分の枠」だけで戦うより、「協働」することで市場を一気に広げられる

このコラボ会は、まさにその成功例だったと思う。

どちらかが主役ではなく、
双方の強みが対等に活かされることで、ひとつの“新しい世界観”が生まれる。
それは飲食の現場だけでなく、医療、サービス、エステ、地域活性など、
私が関わる多くの現場にも通じている。

“違うもの同士がうまく組み合わさると、価値は想像以上に大きくなる。”

その原理を、美味しさと共に再確認させてくれる、とても良い体験だった。











韓国ドラマのような出来事

―常識は、人の数だけ違うという話 



最近、まるで韓国ドラマのワンシーンのような出来事が続いています。
ドラマを見ている時なら「え、そんな展開ある?」と笑えるけれど、
いざ自分の身に起きると、笑うどころか呆然としてしまう。



でも、ひとつだけ気づいたことがあります。
私たちは同じ景色を見ているようで、実はまったく違う世界を見て生きているということ。


■ “常識”は、誰のもの?

生きていると、「え?それ普通じゃないよね?」と思う瞬間があります。
でも、その人にとっては当たり前で、
その人の人生の中では“常識”として積み上がってきたもの。

日本のドラマなら許されないようなことでも、
韓国ドラマだと「まあ、あるよね」と流されていくように、
文化や経験、性格や価値観が違えば、
“普通”が違って当たり前。

それを理解した瞬間、
私は少しだけ肩の力が抜けた気がします。



■ 一緒にいるのに、同じ世界を見ていない

人って、一緒にご飯を食べていても、
同じ部屋で話していても、
同じ未来を語っていても、
心の中で見ている景色はバラバラだったりします。

ある人は「次のシーン」を見ていて、
ある人は「過去の回想シーン」にいて、
ある人は「自分のセリフ」でいっぱい。

だから、すれ違いも誤解も起きる。
それって当たり前なんですよね。

まるで韓国ドラマの、登場人物同士が勝手に切なくなっていくあの感じ。

現実もたいして変わらない。


■ でも、だから人生は面白い

価値観が違うから傷つくこともあるけれど、
逆に言えば、価値観が違うから惹かれ合うこともある。

常識が違うからイライラすることもあるけれど、
常識が違うから学べることもある。

ドラマが面白いのは、
登場人物がみんな同じじゃないから。
現実もおなじ。

予想外の展開も、突然のトラブルも、
「え、何それ…?」という言動も、
全部含めて人間ドラマ。



■ 今日のまとめ

最近の私は、
「韓国ドラマみたいだな…」とつぶやく日が増えました。

でもそのたびに思います。

“常識”は人の数だけ違う。
“正しさ”も人の数だけある。
同じ世界を見ているようで、
私たちはいつも別々のドラマを生きている。

そう思えるようになると、
少しだけ人生がラクになる。

今日もまた、私のドラマの続きが始まります。


The story goes on

(笑)

わんこみんな家族

言葉が通じなくても、心はちゃんとつながっている 。
「わんこは、家族。」
誰かの言葉ではなく、
気づいたら私自身の実感になっていました。

人と犬。
種族は違うし、言葉も違う。
なのに、こんなにも深く寄り添える存在ってほかにいない。


■ そばにいるだけで、心がふわっとする

忙しくて心が固くなっている日も、
人間関係で疲れてしまった日も、
わんこは何も言わずにそばに来て、
「大丈夫だよ」の顔をしてくれる。

撫でると、あったかい。
しっぽが揺れると、私の心も揺れる。
抱きしめると、力が抜けていく。

こんな存在、他にいない。


■ 家族の“役割”なんて関係ない

人間の家族は、
お父さん・お母さん・子ども…
そんな役割に縛られがち。

でも、わんこには役割なんてない。

ただそこにいて、
ただまっすぐに向き合ってくれて、
ただ全力で「好き」を伝えてくる。

それだけで家族になれる。
それだけで家族より家族になる。


■ 無条件の愛というものが存在するなら






たぶんそれは、わんこが教えてくれる。

怒っていても、イライラしても、
悲しくても、落ち込んでいても、
わんこは変わらない。

「今日も大好きだよ」
「帰ってきてくれて嬉しいよ」

そんな気持ちを、
全身で表現してくれる。

人間はどうしても条件をつけてしまうけれど、
わんこはいつだって無条件。

それが、家族の意味を教えてくれる。


■ わんこがいるから、毎日があたたかい






小さな足音。
小さな寝息。
ふわふわの毛。
甘えてくる目。

その全部が、家族の証拠。

誰かのために頑張れるのも、
誰かの笑顔が見られるのも、
わんこがそばにいるから。

「わんこみんな家族」
これはスローガンじゃなくて、
生き方だと思っています。

【視察記】オールドルーキーサウナ木更津へ

汗を流す時間が必要だと思った日 



先日、木更津にある **「オールドルーキーサウナ」**へ視察で行ってきました。
“視察”とはいえ、正直に言うと…
この日はあまりにもいろいろなことが重なっていて、心も身体もパンパン。
「とにかく汗をかきたい」「一度、全部リセットしたい」
そんな気持ちで向かいました。


■ 入った瞬間から、空気が違う

施設に入ると、木の香りに包まれた落ち着く空間。
視察として動線や清潔さ、スタッフの対応などをチェックしつつも、
どこかほっとする不思議な雰囲気がありました。

「これは、流行る理由がわかるな…」
そんな第一印象。


■ サウナに入った瞬間、身体がゆるんでいく

いざサウナへ。

熱気に包まれながら座った瞬間、
頭の中にあった重たいものが少しずつ溶けていくような感覚。

いろんな案件、課題、調整、責任…
経営者をしていると、どうしても“ずっと緊張しているスイッチ”を切れずにいます。

けれどこの日は、
そのスイッチがようやく「オフ」にできた。

じんわり、しっかり汗が流れて、
余計なものが身体から抜けていく感じ。

「ああ、こういう時間って本当に大事だな」
心の底からそう思いました。



■ 水風呂で一気にリセット

サウナのあとに入った水風呂。
キリッと冷たいのに、どこか優しい。
全身がシャキッと目覚めていく感じが最高。

視察ポイントとしては、
温度管理、動線、利用者の回転、スタッフの声かけなど、
学びになる点がたくさんありました。

でも何よりも印象に残ったのは、
**“自分自身のリフレッシュ感”**でした。


■ 経営者にこそ「汗をかく時間」がいる

経営者は、
常に決断、判断、人のケア、現場の調整、数字の管理…。
知らず知らずのうちに、心が固くなりがち。

だからこそ、
仕事から少し離れて、
汗を流し、頭を空っぽにする時間が必要。

サウナにいる間は、
未来のことも、問題も、今日のスケジュールも忘れて、
ただ“今の自分”に集中できる。

これは“贅沢”ではなく、
むしろ“経営のために必要なメンテナンス”。

改めて、自分の身体と心の声を聞く時間の大切さを実感しました。


■ また行きたいと思える場所

オールドルーキーサウナ木更津は、
視察としても、リフレッシュとしても、
とても価値のある場所でした。

「経営者も、しっかり汗をかいてリセットする時間が必要」
そんな当たり前のことを、久しぶりに思い出させてくれました。

次はもっとゆっくり、
サウナと向き合いに行きたいと思います。

ほんとに優しい人って、
「愛してる」って言ってくれる人でも、
プレゼントをくれる人でも、
どこかに連れて行ってくれる人でもないと思う。

優しさってね、
“しない”を選べる強さのことなんだと思う。

人を傷つける言葉を言わない。
不安にさせるようなことをしない。
忙しくても、逃げずに向き合う。
ちゃんと話をしてくれる。
あなたの思いから目をそらさない。

それって、ほんとに思っていないとできないこと。
一時の感情や、見せかけの優しさでは続かない。
本当の優しさは、静かで、深くて、行動の中にある。


「何をしてくれるかよりも、
「何をしないでいてくれるか」で人を信じたる。


🌸やさしさは、言葉ではなく、行動の中にあるんだよ。



美味しいものは心をほどく。


やっぱりお寿司が好き 



私は昔から、とにかくお寿司が大好き。

どれだけ忙しい日でも、気持ちが揺れている日でも、お寿司を目の前にすると不思議と心が整っていきます。




そんな私が先日訪れたのは、


福井市にあるお寿司屋さん 「海月(くらげ)」 さん。

名前の通り、どこか柔らかくて、
ふわっとした心地よさを感じる素敵なお店でした。


■ 大人が落ち着ける、静かな温度のお店

店内に入った瞬間、
「ここ、好きだな」と感じる空気。

華美ではなくても、丁寧に整えられた上質な雰囲気。
カウンター越しに見える大将の所作も柔らかくて、
“信頼できるお店の空気”が流れていました。

こういう空気感って、お寿司の美味しさにもつながるんですよね。


■ 一貫目から心をつかまれる美味しさ

目の前に置かれた一貫。
その佇まいだけで「これは美味しいやつだ」とわかる。

そして口に入れた瞬間…
もう、幸せ。

ネタの鮮度はもちろん、
シャリの温度、ほろっとほどけるバランス、
噛むほどに広がる旨みが本当に丁寧。

私はお寿司が大好きだから、
美味しいお店かどうかはすぐにわかってしまうのだけれど、
海月さんは 一貫目から安心できる美味しさ でした。



■ 福井の海の恵みを感じるネタたち

福井ならではの旬の魚がしっかり生きていて、
脂の乗り方もやさしく、くどさがない。

“素材の良さ × 職人の技” が合わさった時の、
あの静かで深い旨みがしっかりありました。

一つひとつの仕事に丁寧さがあって、
どれも記憶に残る味わい。



■ 美味しいお寿司は、心のメンテナンス

経営のこと、クリニックのこと、人のこと、
毎日いろんな判断や責任を抱えて生きていると、
知らないうちに心が固くなります。

でも、美味しいお寿司をゆっくり味わう時間は、
凝り固まった心を一度ふわっと緩めてくれる。

私にとって、お寿司は“自分を整えるスイッチ”みたいなもの。

海月さんでいただいた時間は、
まさにそんな心の栄養そのものでした。



■ また必ず行きたいお店

「また食べたい」
そう思わせてくれるお寿司屋さんって、本当に貴重。

海月さんは、
味も空気も人も含めて、とても優しく上質なお店でした。

福井で美味しいお寿司を食べたい方に、
心からおすすめできる一軒です。