2003年1月2日から2008年8月3日まで約5年半かけて四国八十八箇所のお遍路を済ませた。
 お遍路は最後は高野山にお参りをすることで完了する。
 
 季節休暇の消化もあって、若い登山好きの同僚と二人で高野山にお礼参りに行くことにした。
 金曜日の早朝にレンタカーを借りて、8時30分に到着する関西空港で同僚を迎える。
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 その後、車で九度山駅に移動し、町営駐車場に駐車する。
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 花粉がひどくて、マスクとサングラスで覆う・・
 歩くと苦しいがやむを得ない。相当のスギ花粉が飛散していることがすぐにわかる。
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 九度山駅から南海電鉄に乗る。
 思ったよりも本数が多い・・・大阪の難波から直通もあるようだ。
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 極楽橋駅からケーブルカーに乗り換えて高野山に向かう。
 外人の観光客も多い。
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 高野山駅に着いたら、バスに乗り換えて高野山の街中に移動する。駅からも案外と距離がある。
 すぐに、総本山である金剛峰寺にお参りをした。
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 無事に納経を済ませた。
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 そのまま、宿泊予定の宿坊である西門院に荷物を置き、奥之院に向かった。
 奥之院は、20万以上の墓石がある寺で、あの世とこの世の中間らしい・・・
 昼なおくらい杉が林立する参道は、確かに雰囲気がある。
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 戦国武将の墓が多くあり、「高野山奥の院の墓碑をたずねて」という、元高野山大学教授の日野西眞定氏の案内図に詳しい。(奥之院入口の観光案内所で100円で売っている。)
 
 石田三成の墓碑
 古い墓碑はおおむね五輪塔が多い・・・
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 豊臣秀吉の墓碑
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 松平秀康の墓碑は重要文化財になっており、当時のままのようだ・・・
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福助の墓碑・・・
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 ロケットの形をした墓碑もある・・・
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 奥之院は最後に、空海が即身成仏した弘法大師御廟に到着する。(撮影禁止)
 宗教的には、空海は「入定」したまま生きており、まだ、朝晩に空海への食事が届けられるとのこと・・・
 荘厳な雰囲気だった・・・
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 お参りを済ませ、宿坊の西門院に泊る。
 食事は、精進料理でおいしくいただいた。
 一緒に般若湯という酒を飲むがいまひとつだった。
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 翌朝は4時半に起きるつもりで、早くねるはずだったのだが、WBCの日本対台湾線が遅くまで続いて・・・
 なぜか、寺に泊っているのに俗世的な・・・・
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 翌朝は、予定どおり4時半に起きて5時過ぎに宿坊を出発した。
 途中で、金剛三昧を見つけた・・・私の母方の祖父と祖母が納骨されているそうだが、時間がなく参拝はできず外から拝んで済ませた。
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 大門に到着して、ここからがトレッキングとなる。
 本来は、九度山から上るのが通常の参拝コースがだが時間の関係から、逆に大門から九度山まで下ることにした。
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 全行程が24キロでハーフマラソン程度の距離だが、高低差は800mある。 
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 町石といわれる石碑が一町ごとに立っており、大門の一番から九度山の慈尊院の180番まで番号が付されている。
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 杉林の高野山町石道は急なところも多い・・・
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 世界遺産らしさはあまり感じなかった。イノシシも多いようだ。
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 若い同僚は健脚で、かなり早いペースで駆け下り、6時間半で上るコースを約5時間で下ってしまった。
 途中、簡単な食事をする。
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 その後、ずいぶん時間があまったので、南海特急のラピート号で難波に移動し、串カツと寿司とお好み焼きを食べて帰宅した。
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 世界遺産の高野山の寺や石道を速いペースで巡ったが、いつかまたゆっくりとしたペースで廻ってみたいと思う。
 お遍路の二週目に腰が重いが、結願ののちに・・・