うちの親は管理型の教育者。
小さい頃から習い事ばかりやらされ、
勉強ができないと怒りだし、
学校卒業するまで彼女はつくるなという(実際にはつくっていましたけどねw)。
子どもの意見は聞かず、
なにか歯向かうと
「子どもが親に何て口の聞き方するんだ!!」
と何回かいわれました。
いつもYasのことを
心配だ、心配だといいます。
いまでもいいます。
ここ数年、親の考えには共感できず、
じぶんの意見を言おうものなら話を聞こうとしないので、
会うことを極力避けてきました。
先日実家にいったときに、
「いったいなんでこんなに親のことが嫌なんだろな」
と改めて思ったのです。
- 人の話を聞かないから
- 意見を押し付けてくるから
- AkiとAkiの家族を軽視するから
これがいままで思っていたことです。
だけど今回、ふと気付きました。
「親がぼくの人生を応援してくれないから嫌だったんだな」
いままで思っていた上の3つの考えとは違う視点ですね。
おそらく、親からの愛情が欲しかったんでしょう。
小さい頃から歪んだ愛情を受け取ってきたんだと思います。
「なんであんたにはあんなにお金をだしてきたのに言うことを聞かないんだ!」といわれたこともあります。
お金というのは、大学院いったり資格の専門学校に通った学費です。
でもその道から離れないといけないと思い、数年前に離れました。
つぎは親のいうことを聞いて生きてくれ、となっているのがいまです。
親としては人生長く生きてきたんだから間違いない、とか
長男であるぼくの人生は親が決めるものとも思っています。
そんな親の束縛のなかで生きるのは自由ではない。
そもそも応援してくれるのを親に望んでいるのに、
ぼくが決断したことは応援してくれません。
もう私たちは長くないんだから言うことを聞いてくれ、そればかりです。
じぶんとしては親の管理下に入る気はないけど
そんな親から生まれてきたことに
いまは意味がわかり、感謝すらできるようになりました。
いままでは親から逃げてきたけど、
『応援してもらいたい』というじぶん内側に出会えてから
なんかすっきりしています。
そこが本質だったんだな、本物の愛情が欲しかったんだな。
だれにでも自由はあるし選択権もある。
だれかに、なにかに、社会に流されて決断しても
じぶんの内側は決して満たされない。
内側を豊かにするには、
じぶんがそこに踏み込もうとする勇気と
まわりからのサポートがあってこそだな。
うちはHanaちゃんが好きなことできるようにしてあげよう☆
幸せになってほしいと思うけど、
それは物質的な幸せではなくて、
精神的な幸せをよりサポートしていきたいな。