そろそろ自分のやりたい事をできる時期かなーなんて最近思ってます。
21歳辺りから最近までの7年程、恐らく私は同年代の友達とは違う生活をしてきたんじゃないかなと感じます。
それは時間やお金の使い方から始まり、友人との付き合い方、心持ちとか色々と。
これまでの中で、大きなお金や時間を割いて自分に使う事はなかなか出来ませんでした。
若くして家族を持った私には優先順位というものがあり、第一に優先すべきは
『家族を食わせていく事、不自由な思いをさせない事。』
それ以外になかったからです。
20歳そこらのヘラヘラした私でしたが、親になると決めたその日から、周りの友達と自分は違うと強烈に意識をするようになりました。
友達が遊んでいる時間は、私は家族との時間。
皆が欲しい物を買っている時は、ウチにはオムツやら子供服やら沢山買う物があるなんて思ってました。
皆と同じ生活は、いずれ自分や家族にダメージとして返ってくるんじゃないかという不安を常に抱え、それを拭う為に働いていた感じです。
それは妻も一緒だったと思います。むしろ専業主婦で、本人が稼いでないのを理由にもっと色々な我慢をしてくれていたんだろうと勝手に想像してます。
でもそれは2人で娘を育てると決断した結果で、キツイとかイヤだとかはありませんでした。
それよりも、日々スクスクと成長していく娘を見られるのが、楽しみで幸せでした。
今思い返せば、そんなに思い詰めなくてもと思う節もあるけど、若かりし頃の自分の必死さは見習うものがあります。
とにかく稼がねば!と思っていたガムシャラな私にピッタリだった会社が以前の職場。
私は『営業マン』でした。
会社の社長さんや、決裁権のある方に会い営業をかけてオフィス機材や設備などを導入してもらうという内容の仕事です。
その会社には年功序列という風土はなく完全な実力主義で、結果さえ出していればエラくなれるし、お金も貰えました。
自称崖っぷちマンの私は、メラメラです。
会社のカギを開ける上司よりも早く会社に行き、遅くまで仕事。
恥ずかしい話だけど、時には契約が思うように取れない悔しさから、同期の女の子の横で涙を流す事もあったし、なぜか上司に逆ギレする事もありました。
それほど必死でした。
どんなにキツイと思っても、「もっとキツイ人なんかいくらでもいる。まだまだ若いから大丈夫!大丈夫!」
と自分にいい聞かせながら働きました。
でも必死さがやっと結果に現れて、配属4ヶ月目で社内首都圏2位の営業マンになる事ができました。
ちなみに1位の人は、直属の上司でしたが圧倒的な差で最後まで勝てませんでした…。
そんなこんなで仕事をしていて、収入はありました。
人間コワイもので、一つの事が安定すると新たな欲が出てきます。
私が口に出し始めたのはコレ。
『働くのはイイけど、ほとんど娘の寝顔した見れとらんガナ…
俺は家族の為に働いてる訳で、その家族との時間が少ないのはナンダカナー。』
平日も朝早くから夜遅くまで。土曜日も働いていたし、日曜日の1日なんてあっという間。
また月曜日からは、携帯の待受に設定した娘を見ながら朝から晩まで…。
俺の望む未来はこの会社には無い!
若く世間知らずな私は即決断。
本当に可愛がってくれた上司や職場を後にしたのでした。
書きたい事を書いてると長くなるので、そろそろシメます。
時は経ち、周りの仲間や会社の仲間に恵まれて、土日や平日も家族との時間をとれ、家や車も持つ事ができるようになった。
娘も大きくなり、今でこそ一緒に出掛けたりしてるけど、あと数年すれば友達と遊びに行く機会も増えてくるだろう。
ひと段落したのかなー。家族に迷惑かけない範囲で、そろそろ自分のやりたい事をしてもイイ時期なのかなー。