ついこの前誕生日を迎えました。これで25歳、四捨五入したらもう三十路の仲間入りだわな(笑)

こんなおっさんでも小さい頃はありました。今はおっさん顔だけど小学生の頃はどんなイケメンになるんだ!と期待されていたものです。笑うところではありませんよ!

誕生日を迎え、家でセリーヌ・ディオンの「A New day has come」を聞いていました。セリーヌと言うと皆さんタイタニックの主題歌を思い出すと思いますが、私はこちらの曲のほうが好きです。
この曲はセリーヌが長男チャールズ君を授かった時に感じたことを綴った曲だと言われています。そう考えるとなるほどと思わされる曲です。まぁ、私の母はこんな詩は書けないと思いますが、それなりに色々と考えて私を産んでくれたのだと思います。鼻からスイカが出て来るような痛みを伴う出産ですが、そんな思いをしてまで私を産んでくれたことに感謝しています。(ここ二年くらいなものですがね(笑))

約30歳になった私ですが、実感ないねぇ。もうこんな歳になったのかと。いつからか一人で歩けるようになり、言葉を喋り、学び、自分でチャレンジすることを教わり、社会に出る事を義務付けられ、今に至るわけですが、私は小学校の頃から何も変わっていません。しいて言えばスケベになったことくらいでしょうか。

社会に出れば少しは変わるかとも思いましたが、大して変わりませんでした(笑)学生気分が抜けていないと上司から怒られることもしばしばです。これで危機感が無いんだから益々タチが悪いですね。

ただ社会に出る前も今も心掛けていることが一つだけあります。この言葉です。

「粗にして野であるが卑ではない」

粗削りで、無作法であるが決して卑しい人間ではない、そういう意味です。民間人から初めて国鉄の総裁になった石田禮介が、国会で自己紹介をした時に自分を表した言葉です。彼の人生もまたこの言葉どおりのものでした。

この言葉を知ったときから私の指針は変わっていません。迷った時、困った時、立ち返る場所はここにあります。

上司はおそらく仕事の仕方が学生だと言っているのだと思います。否定はしません。自分がこれはやりがいがあると思ったことは全力でやりますし、逆にこんなの必要ないだろと思ったことは上司と言い合います。ここら辺が学生気分と言うやつだと思いますが、このスタイルを変える気はありません。自分の思ったことはハッキリと言います、その代わり嘘も言いませんしミスは土下座でも何でもします。今は認められていませんが、出世してこの正しさを証明したいと思います。

仕事にも慣れたし、今年が飛躍の年であることを期待したいと思います。


長々とお付き合い頂きありがとうございます。

ではでは、またねチョキ
ネー(´・Д・)(・Д・`)ネー
私の会社に派遣社員のおばちゃんが来ている。まぁ、期待はしていなかったが予想通りあまり仕事のできないおばちゃんだった。

おばちゃんといってももう五十代後半かもっと上、おばあちゃんと言っても差し支えないくらいの人。最近は仕事に慣れてきたが来たばかりの頃はあまりに仕事ができなくて失敗ばかり、仕事場の人達から冷たい視線を向けられていた。

けど、おばあちゃん子の自分にとっては、「自分のばあちゃんだったら」と考えると責める気にはなれず、仕事の仕方や効率の良い作業方法を教えたりしていた。

おばちゃんのしている作業はなかなか難しい作業で、いつもしている人でも失敗することはそれなりにあった。
この歳になってわざわざこんなことしなくても…と、思って、聞いてみた。人それぞれ抱えてる問題はあるし、失礼かもしれないが、なんで派遣の仕事をしているのか、と。

もしかしたら人には知られたくない内容かもしれないのにおばちゃんはためらいもなく話してくれた。

「実は息子がニートなんです。家計もそんなに余裕が無いので働かないといけないんです。」

そうなんですか。今いくつなんですか?

「30です。働く気はあるようなのですが…パソコンの前で毎日何かしてるみたいです。」

けど、仕事には就いてないんですよね?いつから仕事してないんですか?

「一度も…。」

何か言いましたか?働かないのか、とか。

「言ったのですが…、俺なりに頑張ってるんだ、の一点張りで、最後には怒鳴られるのでもう何も言っていないんです。」

ひどいですね。何かガツンと言わないとダメなんじゃないですか?

「はい。けど、最後には俺は産んでくれって頼んだわけじゃない、と言われてしまいまして…。産んだ人間に責任があるとかなんとかで。」

そうですか。


…30の大人の言葉とは思えなかった。おばちゃんが不憫でならなかった。

「生んでほしかったわけじゃない」

って言う人よくいますよね。たしかに私達はそう願って生まれてきたわけではありません。
しかし、今自由に遊び、それなりの人生を過ごせているのは誰のおかげでしょうか。この世に生を受けて、楽しいことも嬉しいこともあり、ここまでの人生を過ごせてこれたのは自分の力だけでしょうか。

そんなことはありません。幼い頃から親に守られて育ち、学校にも行かせてもらい、仲間と遊び、恋をして、それができるのは親がいたからこそです。

私も昔親に向かってそんなことを言ったことがあります。けれど、私の両親は「あなたを産みたかったから。」と言いました。こっ恥ずかしくて外に飛びだしたのを覚えています。けど、この歳になると親がそう言った気持ちが何となく分かります。次の世代への期待とでも言うのでしょうか。

望まれて生を受け、親が期待した未来をおそらく私は迎えていません。
しかし、親が私に寄せた気持ちはわかっているつもりです。

だからこそおばちゃんの息子に言ってやりたい。どんな気持ちであなたを待っていたのか。輝かしい未来を想像していた親の期待を考えてほしいです。
そして遊べるときに遊んだら、次は恩を返す番です。生んでくれて、育ててくれたことの、です。

おばちゃんには一回家から出すべきだと言いました。最低限のお金だけ渡して一人暮らしさせるべきだと。些細なきっかけかもしれません。けれど、何かの気付きになればいいと思います。

おばちゃんが心から笑える日が来ることを願っています。

では、また。
おはよう、こんにちは、こんばんは。秋刀魚です。

段々と暖かくなってきた今日この頃皆さんはいかがお過ごしでしょうか。

先日、アメリカの仇敵ウサマ・ビンラディンが殺害されましたね。9.11の事件を引き起こした張本人で、彼がいる限りアメリカの危険が取り除かれることはなかったかもしれません。

しかし、一人の人間が死んで、お祭り騒ぎというのはどういうことなのでしょうか。人を殺すことはいつから正義になったのでしょうか。

たしかに9.11で犠牲になった方々を思えば仇を取ったことになると思います。誇らしい気持ちであると思います。けど今回の騒動で確実に人が死に、悲しんでいる人がいることを忘れてはいけないと思います。これはアメリカの罪でありこれからも背負っていかなければならないことだと思います。

オバマ政権はこの事態をどのように収拾するのか。今のままでは更なる復讐が始まることは明白です。

一度、追悼の意を表わしたほうが良いと個人的には思います。今回の事件で復讐されるのがオバマなら構いません。それなりの覚悟があってのことだと思います。ですが、その後の世代にツケが回ってくることは避けなければなりません。それが今の時代の人間の責任です。

大切な事を今、冷静なときに考えるべきだと思います。

ではでは、またグッド!