マザーテニサーの言葉より。
「キリストの教えなんざ知らねえ、俺はいつだって右ストレートで一発、そう言う性格(顔面大爆発、即死)」
どうも、初物のやっぴいです。note始めます。
先日、通りを歩いていたら場末の駄菓子屋で©︎牛尾尊師が大安売りされていた。
一個5円。
店前のワゴンに無造作に陳列された大量の牛尾尊師(ご神体)を眺めながら、私はしばし学生時代の思い出を脳内に上映した。ファンファンファン…(暗転)
遡ること5年。6月21日。木曜。
その日の朝に行われるはずだった中体育館での中高別朝礼が、急遽全校朝礼へと変更された。
当時中学2年生の私たちはいまいち状況が掴めず、「なんで?」「今日雨降ってるん?降ってへんやないかい」「誰か人事異動おこしたんけ?」と口々に中体育館へと集合した。
中体育館は、もともと全校生徒のべ1100人を収容できるほどのキャパはない。中体育館は、大量の男子中高生と教員でギチギチに埋め尽くされた。
即席で作られた朝礼台に、当時の校長が立つ。
「えー急遽の場所変更すみません。本日は皆さんに大変残念なお知らせがあります。」
どこか声が震えている。
「えー、本校の教員であり神父として30年以上在籍しておりました牛尾〇〇教員が、」
(え、牛尾尊師?そういえば最近顔を見ないな、、、待てよそういえば1ヶ月前から体調不良で入院しているという噂もあったような)
「今朝、お亡くなりになりました」
一瞬時が止まった。目の前が急に白みかかった。全身の血流が一気に停止したような気がした。
「は?」「マジで?」「どういうこと?」「嘘でしょ…」中体育館の騒めきが大きくなる。その場が尋常じゃない空気に変容しつつあることを、その場にいる全員が感じる。信じる信じられん以前に、意味がわからない。やがて事態の深刻さと、もう変えることのできないであろう結末を、全員で飲み込んでいく。
「66歳でした。今朝7時ごろ数人の教員に見守られながら、息を引き取りました。もともと牛尾先生が肺がんであるということを来週の全校朝礼でお伝えしようと…」
校長の淡々とした説明が、耳から離れていく。
急にいなくなった。
もう死んだんだ。
「心に穴が空く」という感情を、生まれて初めて知った。空いた穴を吹く風が、やけにヒりついた。
ファンファンファン…(暗転)
気がついたら、私は一体の牛尾尊師を買い、手に取っていた。
一口齧ると、ほのかな甘みが口に広がる。ニット帽の舌触りがやけに心地いい。
ああ、あの頃の牛尾尊師だ。何も変わってない。
涙が溢れてきた。
思えば牛尾尊師が死んだ日、涙が一滴も出なかった。あまりの急すぎた別れに、分かってても実感はまるで湧かなかった。今になって牛尾尊師への愛惜を身体中に巡らせる。
それとともに、牛尾尊師の存在に蓋をしていた自身への悔しさに、目をわなさせた。
なぜ今まで忘れていたんだ。私はかつて牛尾尊師と愛を分かち合ったはずじゃないのか。ていうかなんだ定価5円て。うまい棒が半分買えるじゃないか。
当時は何円で買えたっけ…。
昔ある教師が、「人は2度死ぬ」と教えてくれた。
「人は医学的に死んだ時、それが1度目の死。しかし、人々がその人の存在を忘れた時、人は2度目の死を遂げる」
私たちは牛尾尊師をいつしか忘れ、殺していたのだろうか。遺影で見たあのアルカイックスマイルが遠く見える。
ふとワゴンに並べられた牛尾尊師を見ると、過去の栄光を夢見るような表情を目に浮かべていた。
「いや違う。私はたった今牛尾尊師を生き返らせた。牛尾尊師は私の心の中で生き続ける。」
私はワゴンの牛尾尊師と、心の中に復活した牛尾尊師に語りかけた。
牛尾は、生き続ける。生き続けなければならない。
私は今現在、牛尾尊師のBL同人誌を描いている真っ最中である。今夏、東京ビッグサイトで大売り出す予定だ。かつて牛尾尊師を愛した者、愛された者に、牛尾尊師を思い出してほしい。心の中で、牛尾尊師を生かし続けてほしい。
牛尾尊師を民衆に再び思い出させることが、私の使命なのだ。
よろしいか?
完