2人の視線が交わる。
それだけでもうお互いの気持ちが伝わっていた。

「待っててくれたんだ…ありがとう」

高橋の言葉に前田はなにも言わない。

「少し前から知ってた
優子と麻里子様と有華ちゃんで何かをしようとしてたのも」

あの日あの場所で知った悲しみ。
無情なまでの感情。
言わずもがな伝わっているだろう。

「でもねもう信じることにした」

その言葉に前田の表情が変わる。

「疑っても探ってもそこに真実はないでしょ
だからあっちゃんが、みんなの真実を信じることにした」

前田は涙が出そうになった。
高橋が薄々気づいているのは勘づいていた。
だから必ずこの瞬間に止めてくる、そう思っていた。
しかし彼女は違った。
彼女の出した答えは『信じる』であった。

信じなかった。
変えるために諸悪の根源を絶やすために。
だから信じないしか方法はなかった。
信じれば必ずそこに足を掬われる。
信じることが最も危険なものだから。
それなのに彼女は最も危険な道を選んだ。

「どうして…?」

信じる、そんな不確定要素をなぜできる?

高橋は少し間を空けると深呼吸を一つして言った。

「だって仲間でしょ?」

前田は涙を必死に堪えた。
溢せば行けなくなるから、迷いがでてしまうから。
それでも躊躇うことなくでたその言葉に胸が熱くなった。

「ありがとう、やっぱりよかった…たかみなを待ってて」

前田は決めていた。
最後にはやはり高橋の顔を見ておきたかった。

「同じ五年間、なのにこんなに差があるんだね
でも今はこれがわたしのできる限りの真実だから」





前田が背を向ける。
その姿に冷静だった高橋の目に涙があふれだす。

「冷静に………丁寧に…………正確に…………みんなの夢が…………叶いますように……」

高橋の涙声を背中に受け止める。
もう振り向かない。
もう立ち止まらない。

「やりたいこと………………やってるか…………?」

前田の姿が消える。
もう会えないようなそんな気がしてならなかった。
ただ信じるしかなかった。
今はひたすらに。











「たかみな!」

大慌てで篠田が駆け寄る。
高橋の体を揺らしながら尋ねた。

「あっちゃんは?あっちゃんはどこ行ったの?!」

しかし高橋は何も返さなかった。
力なく椅子に腰かける彼女の瞳は涙で赤くなっていた。












誰もいない廊下には男の足音が響く。
壁一つ隔てた向こう側からは熱い声援が聞こえてくる。
感慨深い表情を男は浮かべた。

あれから五年。
初めはガラガラの客席から始まった彼女たちも今ではスターと肩を並べる。
時は過ぎ去り手に掴んだ砂はこぼれ消えるときがくる。

長い廊下の奥を右に曲がってさらに奥。
ひっそりと構えられた古い扉。
男は手を掛け中に入る。
するとそこには懐かしい彼女たちの足跡の数々。

「これは…」

彼が手にとったのはAKBの公演初日に着ていた衣裳。
今と比べれば実にシンプルな淡いピンクと白の制服。
さくらのはなびらたちをイメージしていた。

「そうか、こんなところに…」

秋元の口元が少し綻んだとき扉の前に前田が現れた。

「すみませんこんなところまで」

思惑と思考。
表と裏。
決して交わることなき延長線が誰も知らない傍観者のいない場所で相対する。
それは運命であり必然。
2つの意志がぶつかりあう。