「どうして裏切ったの?」

その言葉は冷たく感情など一切こめられていなかった。
あえていうならば暗闇。
何も見えない、その身すら包み込んでしまうほどの闇。

篠田は唾を飲み込む。
前田の圧力に押されていた。

「ふふっ…」

鼻で笑う。

「ほんと甘いよね」

篠田が一人喋り出す。

「わたしが仲間だと思ってた?
わたしが信用できると思ってた?」

蔑むような笑みで前田に言い放つ。

「全部そう自分のため
あっちゃん、あんたが変に今のAKBを変えたらどうなるか
この人気もこの生きてるって心地も全てなくなるの一瞬で
またあの頃に逆戻りになるのよ!」

捲し立てるように篠田が発する。
しかし前田はじっと篠田の顔を見つめていた。

「わかる?わかるでしょ?この意味が!
もうあんな思いは嫌なの!
華やかな舞台にずっといたいの!」

篠田に溜まった痛烈な思い。
手が凍るような寒さ。
街行く人の冷たさ。
底辺の味はもう充分であった。

「ふっふふふ…わたしの勝ちよ!
計画はわたしが潰してやった!
もうあなたにAKBを変えることはできない!」

高らかに大声を張り上げて笑う。
それはいままでに見たことがないほど顔を歪めて。

「ごめんね、あっちゃん!でもこれが現実なの!」

先行き長くないアイドル人生。
AKBと共に大きくなりAKBと共に学んできた。
ならば終わりも同じ。
AKBと共に散っていく。

「違うよ」

突然呟いたその声に篠田は驚く。

「それは只のあなたの自己満足なだけ」

確かに前田の言葉。
しかしいつもより一段と低く俯いたまま話す。

「あの頃があるから今がある
もしどん底に落ちてもまた這い上がってくるのがAKBでしょ?」

真っ直ぐに投げ掛けられた問いに篠田は黙ることしかできなかった。

辛かった、苦しかった、でもそれ以上に嬉しかった。
みんなと抱き合い涙を流した。
本当に大切なものとは何なのか?
富か?名声か?地位か?
そんなもの今さら考えることもなかった。

高らかに笑っていた彼女の声はもう聞こえてこなかった。
変わりに低く深い、勝者の笑みが聞こえる。

「ごめん、麻里子様」

前田が再び言葉を発する。

「全然信じてなんていなかった
初めから誰かが裏切るんじゃないか、みんな裏切るんじゃないか
それしか考えていなかった」

その言葉に篠田が驚く。

「最初からこれしか方法はないと気づいてた
秋元先生の鎖を断ち切るには何かを犠牲にしなければいけないことくらい」

篠田は薄々勘づいた。
前田は自分が犠牲になろうとしているのだと。
そしてその準備ができている。
今日この場で終わらせることのできるものを。

「もしこの中にわたしを止めれるとしたら2人だけ…」

前田は篠田を見る。

「麻里子様なら計画も知ってるしそれだけの影響力がある
でも大丈夫、止められないようにしたから」

その時、スタッフから声が掛かる。

「篠田さーん!出番です!」

もうすでに公演では高橋の愛のアクセルが終わろうとしていた。
次は篠田のユニット。
そして彼女は気づいた。
止められないその意味が。
それは公演に出ているまさにその時、終止符を打つつもりなのだ。

「信じれなかったんじゃない、信じなかったの」

前田はそう言うと篠田に背を向ける。
止めたくても止められない。
すぐそこに手を伸ばせば届くのに。
どうにもできない感情を胸に彼女も背を向けステージへと向かった。



「そしてもう1人…」

篠田と入れ替わりで帰ってくる。
その目はすでに決意の込められ前田に向けられたものだった。

「あっちゃん」

「たかみな」

前田敦子と高橋みなみ。
AKBになしではありえない2人がそれぞれの想いを胸に今、最後の対峙する。