一台の車が黄色の建物の前で止まる。
それは黒塗りの高級外車。
中から男が一人降りる。

「すまなかったな、ありがとう」

男は静かに劇場を目指した。






チームA現役メンバーが揃う公演はいつぶりであろう。
この日は篠田も小嶋も高橋も、そして前田もいる。
そんな今となっては貴重な公演を人目見ようとたくさんの人が詰めかける。
勿論空席があるはずもなかった。
満帆に埋め尽くされた観客席は彼女たちの登場を今か今かと待ちわびる静かな熱気に満たされていた。

『今夜の東京の天気は大雪に…』

テレビの電源を切る。
ステージ衣装に身を包んだ彼女たちもまた始まりのときを待っていた。

意を決したように高橋が立ち上がる。

「みんな集まって」

高橋の声にメンバーが円陣に並ぶ。
腰に手を回し彼女の言葉に耳を傾けた。

「ようやく全員揃っての公演です」

高橋は優しく語りかける。
円になったメンバー、一人一人の顔を見回す。

「お客さんもこの日を楽しみにして来てくれました
わたしたちはその期待に応えれるように精一杯の限界の努力をみせましょう」

頷く。
ほんの僅かな沈黙が流れる。
絶妙なタイミングで高橋が掛け声を飛ばす。

「せーの」

『いつも感謝』

「せーの」

『冷静、丁寧、正確に』

「やりたいことやってるか?」

『AKB48!』

舞台の幕が開いた。











『僕たちは目撃者

悲劇を終わりにはしない

この胸に焼き付けて

時代の過ち 語り続ける

生き証人になろう』



大歓声の中、歌は始まる。
その歌はまるでこれから起こる革新にすら感じられた。
最高潮の勢いで公演は何事もなく進んでいく。
汗が飛び散り舞台上では彼女たちが舞う。



『あなたはポップスター

ファンの一人でいいの

こっちを見てよ

CDジャケットの中

あなたがウインクしたようで・・・』



憧れのポップスターが歌い終わりメンバーがはけていく。
袖からはこの日の進行役である高橋と篠田が現れた。

「はーい、こんばんわー」

2人の登場に一段と会場が沸く。

「うひょーすごい歓声だねー」

2人の何気ない会話が始まる。
次からの曲はユニット曲。
そのために別の衣装に着替える時間を作るのだ。

しかし篠田は知っていた。
ここで何が起きるのか。
それはこの入れ替えの場面。
細工した照明機材によって灯りを落とし停電させる。
その後に前田が何者かによって襲われたように仕向けるのだ。
そしてこのたくさんの観客のいる前でこれまでのことを話す。
運営の危機管理の甘さを隠蔽してきた真実を。



「じゃあ、そろそろ次の歌にいきますか」

高橋に合わせ篠田も一緒にはける。
この瞬間に灯りが消え去るはずだった。

前奏が鳴り何事もなく次の曲に移られる。
前田たちが舞台に上がる。
困惑した前田とすれ違う。

「ごめんね、わたしにはできない」

冷たく静かに言い放った。
全ては潰れた。
これで前田の計画は水の泡。
そうだ、初めからこれでよかったのだ。
変わることなどいらない。
今のままでこの舟に乗り続けていればいい。

次の衣装に着替える最中、篠田は深く笑う。
決して声は発せず誰にも気づかれぬように。

曲が終わり前田が戻ってくる。
帰ってきた彼女の視線と交わった。

「どうして裏切ったの?」

外の雪よりも冷たい声で篠田に問いかけた。