信じたくはなかった。
それは嘘であってほしかった。
声しか聞こえない。
姿は見えない。
しかしそれは前田と大島である。
間違えることはない。
確かに五年間共に切磋琢磨してきた友、前田敦子の声だ。















『わたしたちすごい舞台に立てる日が来るのかな?』

遠い昔、厳しいレッスンをここでさぼっていたときの記憶を思い出す。
2人で食べた豚まんの味がいまでも忘れられない。

『こんなにがんばる意味ってあるのかな?』

当時は年上ばかりで自分たちが年少組。
当然、ついていくだけで必死だった。
何度も心が折れそうになった。

『もう辞めようかな…』

いつも挫けそうになったのは自分だった。
その度にあっちゃんに支えてもらった。

『ねぇねぇ、あっちゃん』

『ん?』

『どうしてAKBに入ろうと思ったの?』

『どうしてかぁ…わたしはさ自分を変えたかったんだ』

『変えたい?』

『うん、わたしね今までなんでも途中で投げ出してきたの…だからこれだけは続けようって
どんなに辛くてもどんなに苦しくてもこれだけは続けようって
アイドルになればこんなわたしでも何か変われるかなって』

前田は強かった。
普通ならすぐに妥協してしまうそんなことをひたすらに守り抜いている。
それなのに自分はどうだ。
何度も落ちたアイドルのオーディション。
ようやく掴んだAKB48という夢。
しかしどうだ、いの一番に弱音を漏らし励ましの言葉を待っている。
たいして努力もしていないのにもう諦めようとしている。

『…!?たかみな、どうして泣いてるの?!』

涙が止まらなかった。
自分が恥ずかしくて前田が大きすぎて。
ただ今は泣きたかった。
これで最後だと。
弱さを見せるのは最後だと。

高橋はたくさんの涙を流した。
床に大きな染みができるほどに。
それから彼女は心に一つの決心をした。

『努力は必ず報われる』














自分がここまでこれたのは前田がいたからだ。
いつも側で見守って支えてくれていたからだ。
全てを知られているし全てを知っているつもりだった。

「よろしくね優子」

2人の会話が聞こえてくる。
それはおそらく前田が密かに進めていた計画だろう。
しかもそれはすでにかなりのところまで進んでいるらしい。

「優子が成功すれば後はわたしだけだから」

そうか。
Bの脅迫事件も恐らくは彼女たちの仕業だろう。
目的の先に何があるのかわからない。
しかし何かを成そうとしていることはわかる。

「・・・・・」

言葉に表せぬ虚しさだけが高橋の心を覆った。
何も知らなかった。
知りたかった。
もしそれが危ない橋であろうとも。
いままで、ここまでどんな橋でも渡ってきた仲間なのだから。




「それじゃ優子と会うのも全てが終わった後だね」

「うん、絶対に成功させよう」

「さ、そろそろ帰らないと…人が来ちゃう」

「ただでさえ立ち入り禁止だしね」

高橋は2人の声が遠ざかっていくのを感じた。
そして扉が開く。
すると何も音はしなくなった。
静寂に包まれると急に切なさが溢れる。

「うっ・・・うぐっ・・・・・・」

そして涙が出た。
嗚咽を止めようとしても止まらなかった。
頬を伝って次々と床に零れていく。

『努力は必ず報われる』

不意に脳裏にその言葉が浮かぶ。



「なんにも・・・なかった・・・・・」



努力をした。
報われたのかはわからない。
だが名声は得た。
しかし大切なものはなかった。