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【東日本大震災3年】東北がぜんたい幸福になる。それが国柄だから

(1/3ページ)[東日本大震災] 輝く東北の夜空。北極星を中心にまわる満天の星のもと、人々は「復興」への願いや誓いを抱いて暮らしている=福島県南相馬市の相馬小高神社 (30秒間露光の110カットによる比較明合成、大西史朗撮影)

輝く東北の夜空。北極星を中心にまわる満天の星のもと、人々は「復興」への願いや誓いを抱いて暮らしている=福島県南相馬市の相馬小高神社 (30秒間露光の110カットによる比較明合成、大西史朗撮影)

 手を伸ばせば、北極星や北斗七星に手が届きそうな気がする。まさに「星降る夜」だ。東日本大震災から3年。この間も星たちは、変わることなく無数の光を届けていたことだろう。

 東京電力福島第1原子力発電所から北へ約18キロ、旧警戒区域・福島県南相馬市小高区。「今年」を迎えたころ、懐かしい表情が戻ってきた。除夜の鐘が響き、中心部の寺社に参拝者が次々と訪れる。「久しぶり」の声が交わされる。年末年始にかけて震災後初の特例宿泊が認められたのだ。

 3年ぶりにわが家で夜を明かした人は約530人。が、震災前の人口の25分の1ほどである。相馬小高神社に参拝した福山晴子さん(59)は「『必ず帰れるように』とお祈りしました」。一方、栃木県で再就職した男性(48)は「もう帰りたくても帰れない。ただ、この子には、故郷・小高を伝えていきたい」と話し、小学生の長男を見つめた。

*  *  *

 太平洋沿いに小高から浪江、双葉、大熊、富岡、楢葉の各町を走る国道6号。その沿線にはいまも震災直後にタイムスリップしたかのような光景が点在する。それは、なお特例宿泊が認められていない富岡町で、より鮮明となる。

【東日本大震災3年】東北がぜんたい幸福になる。それが国柄だから

(2/3ページ)[東日本大震災] 輝く東北の夜空。北極星を中心にまわる満天の星のもと、人々は「復興」への願いや誓いを抱いて暮らしている=福島県南相馬市の相馬小高神社 (30秒間露光の110カットによる比較明合成、大西史朗撮影)

輝く東北の夜空。北極星を中心にまわる満天の星のもと、人々は「復興」への願いや誓いを抱いて暮らしている=福島県南相馬市の相馬小高神社 (30秒間露光の110カットによる比較明合成、大西史朗撮影)

 JR常磐線富岡駅。駅舎の残骸の東には、かつての海水浴場に代わって雑草が茂る空き地と砂浜が広がり、西には、津波によって階下が破壊された商店や家屋が立ち並び、破損した乗用車が転がっている。

 東北の“復興地図”はまだらもようである。津波の被害を受けた海浜部と地震による被害が主だった内陸部では、復興計画もそれにかかる時間も違ってくる。除染という難題が加わる地域がある。何とか日常を取り戻しつつある地域とそうでない地域。抱える問題は分化し、地域や個人によって異なった相をみせる。

 それでも、植村和秀・京都産業大学法学部教授(政治思想史)は、「復興」と「国柄」という2つのキーワードでわれわれはつながっている-と説く。「復興の定義はくじけず復活してゆくこと。また、人に人柄があるように国にも国柄がある。日本の国柄はまさに、この復興にある」からだ。

 被災地の現場からは「非常に多くのリーダーが育ってきている」と東北大学災害科学国際研究所の平川新(あらた)所長は語る。「途方もない災害、苦難が人材をつくっている。これこそが大きな希望であり、東北の復興のモデルとして、世界へのメッセージになるはずだ」

【東日本大震災3年】東北がぜんたい幸福になる。それが国柄だから

(3/3ページ)[東日本大震災] 輝く東北の夜空。北極星を中心にまわる満天の星のもと、人々は「復興」への願いや誓いを抱いて暮らしている=福島県南相馬市の相馬小高神社 (30秒間露光の110カットによる比較明合成、大西史朗撮影)

輝く東北の夜空。北極星を中心にまわる満天の星のもと、人々は「復興」への願いや誓いを抱いて暮らしている=福島県南相馬市の相馬小高神社 (30秒間露光の110カットによる比較明合成、大西史朗撮影)

 われわれが、そんな東北を忘れたり、震災の記憶を風化させたりすることは決してない、と断言できる。

 『雨ニモマケズ』また『銀河鉄道の夜』を著した宮沢賢治はかつて、《世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない》とつづった。

 この「世界」という言葉は「東北」と置き換えることができるだろう。甘い、と思われるかもしれない,rmtssp。理想主義にすぎる、と批判されるかもしれない。しかしこの精神こそ、父祖から連綿と継承し、培ってきたわれらの国柄なのだから。(東北特派員・関厚夫)