す今日は、看護の日。ナイチンゲール生誕200年だそうです。

突然ですが、看護の日なので、なぜ私が看護師になったかお話しします。私は、母が看護師だったわけでもなく、高校進学の際に町内に衛生看護科がたまたまあって、叔母に「これからは資格の時代よ」と、言われて何にも考えず衛生看護科に入学しました。本当は、学校の先生になりたかったんです(笑)

県内に1校しかない衛生看護科のため、いろんなところから入学してきました。1学年80人のうち95%くらいは、「看護師になりたい‼️」と目をキラキラさせながら入学してきていたかも(当たり前か💧)

衛生看護科を卒業すると准看護師の受験資格がもらえ、准看護師の試験を合格して働く子もいたし私は進学コースとよばれる正看護師の資格をとるための看護学校に入学・卒業し、国家試験に合格🈴無事に看護師となりました。

昔から勉強がキライで(笑)
赤点もよくとり(笑)
進学コースの解剖の授業を担当していた医師には、あまりにもできが悪くて「留年か?」と言われたほど💧

でもなぜ看護師になったかというと、実習でお世話になった患者さんと、とある先生の一言でした。

衛生看護科の時から実習に行きます。高校生の白衣を着た学生。もちろん?(笑)何もできません。緊張もします。でも患者様からすれば、看護師。高校生の何もできない学生が、血圧を計らせていただくだけでも「ありがとう」と言ってくださったその一言のうれしかった気持ちはいまだに忘れられません。この一言に「絶対進学コースに行って正看護師になりたい‼️」と、決めたことを覚えています。一瞬勉強したくなりました(笑)

もう1つは、進学コースの学校は、病院附属の看護学校でした。なので、基本的には附属の病院で実習します。医師も普段の授業で学校に来ている先生がほとんど。実習中、私が廊下を歩いていたときに、病棟の浴室のドアが開いていました。ドアに「使用中」の札がかかっていました。ドアが開いているのは危ないので中を確認し、誰もいなかったのでドアを閉め、札を「あいてます」に変えて歩いていたら、後ろから副院長が歩いてきて小声で「そういうところが、とても大切なんだよ」と、言って消えていきました。(学生は、白衣の色が違うのですぐ学生と気がつきます)

読んでいるかたにとっては、普通の事かもしれませんが、学生だった私にはとてもうれしい体験だったのです。この他にもたくさん患者様とのお話もありますが、看護師になろうと思ったきっかけの話の2つを急に思い出しました。

今、仕事の関係で、私は看護業務ができません。新型コロナにたちむかっている看護師や医師、病院スタッフの方に本当に感謝しかありません。看護師なのに看護師の業務ができず申し訳ないくらいです。

早く終息し、日常の生活が送れるといいなぁと思います。

ちょっと話がずれましたが、看護の日に感じた&思い出したつぶやきでした。