坂本事務所のブログ

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 相続登記前に、遺留分減殺請求があったときは、直接遺留分権利者のために相続の登記をすることができる(先例S30・5・23民事甲973回答)

 この場合、遺留分減殺の相手方及び登記原因証明情報は?というテーマで書きます。

 

 

Q1 相手方について

 前提として 

①相続人 A B Cの3人  

②Aに全財産を相続させる遺言が存在する

この場合、Cの遺留分減殺請求の相手はだれか?

 

A1 Aのみ

最高裁H10・2・26

「相続人に対する遺贈が遺留分減殺の対象となる場合においては、遺贈の目的の価額のうち受遺者の遺留分額を超える部分のみが、目的の価額にあたる」

学説

「遺留分を超えた遺贈を受けた相続人(A)のみが遺留分減殺請求の相手方となる・・・自己の遺留分に満たない遺贈を受けた者(B)は、減殺請求の相手方とならない

 

 

Q2 登記原因証明情報について

 前記CがAに対して、遺留分減殺の意思表示をした結果、AC間でCが甲土地を取得する旨合意した場合

①Cのために直接相続登記は可能か?

②可能である場合、登記原因証明情報は何か?

 

A2

可能(※合意にBを含む必要なし・・・Bは、減殺請求の相手とならず、また、Bが有する遺留分減殺請求権は形成権でありBの行使がない以上、AC間の合意にBは無関係であるため

 

・遺言書

AC間の合意書(印鑑証明書付)

・被相続人の死亡を証する戸籍

・相続人Cの現在の戸籍

 

 

以前からやろうと思っていた英語。

 

昨日、本屋にて勢いで

入門書を購入しました(笑)

 

まずは、1年後に、

簡単な会話ができるようになることを目指します。グー

 

まず中学レベルの英語を思い出すことから。

 

毎朝、ジョギング中にリスニングして、

夜、書籍を読めば

それなりにはなるんじゃないかなーと。

 

結構、甘く考えてますが、

 

何事も自分からスタートをきらないと

はじまりませんからね。

 

と、

ここに書くことで、

自分にスイッチを入れてと。

 

2008年に中国を旅行しました。

 

久しぶりに画像を発見して、

懐かしく思いました。(画像あらい)

 

当時、北京では、

オリンピックの準備が、

急ピッチで進められていました。

 

どこに行っても混雑してました。

 

中国人のガイドさん(50~60代くらい)が、

日本語で色々と話してくれました。

 

若いころ日本が発展すると思って、

日本語を学んだとのことでした。

(隔世の感的な)

 

また行ってみたいな~

北京はマスクが必要でしたが。

 

発展しているのでしょうね。

 

あっという間ですが、

さすがに10年経つと色々と変わりますよね~。

 

10年あれば良いことも悪いことも変わっていくでしょうね。

今から10年後を生きるつもりで行動しよう。

 

私は格闘技が好きです。

ボクシング、K-1、prideなど。

これまでテレビや生で観戦して、個人的に衝撃を受けた試合を唐突に挙げてみたいと思います。

相当古い話になりますが、良い試合ばかりです。

(最近は、以前ほど格闘技が盛り上がってないですよね~😰)



5位 シリル・アビディvsレイ・セフォー(2000年8月20日)

シリル・アビディvsピーターアーツ(2000年12月10日)

シリル・アビディvsジェロム・レ・バンナ(2005年5月27日)

 セフォー戦は横浜アリーナで生観戦したこともあって印象的です。知られていませんが、この試合は名勝負です。

 両者一歩も引かず、打撃の衝撃音が響きわたって、観ていて怖いくらいでした。血や汗がリング外に飛び散って、アビディのトランクスが破れて、、、。

 結果的にセフォーが鼓膜を負傷して、アビディが勝利しました。この試合からアビディのファンになりました。アーツ戦、バンナ戦も良かったです。

 

4位 マイク・ベルナルドvsピーター・アーツ(1996年5月6日)

 本格的にK‐1ファンになるきっかけになった試合です。当時、負け知らずのアーツに対して、ベルナルドがどこまでやれるかというところでしたが(初対戦では負けてました)、衝撃的なKО勝ちをしました。アーツが負けたというのが衝撃でした。ベルナルドは、決勝でフグに敗北するところ含めて素晴らしかったです。

 

3位 アントニオ・ホドリゴ・ノゲイラvsボブ・サップ(2002年8月28日)

アントニオ・ホドリゴ・ノゲイラvsミルコ・クロコップ(2003年11月9日)

 ノゲイラの大逆転劇の2試合です。どちらも大どんでん返しのすごい試合でしたが、特にサップとの試合は、スカパー!を契約したのに、配線がうまくいかず、生観戦できなかったという意味でも衝撃的でした。

 この後、面白いキャラクターの印象になりましたが、当時のサップの強さ、勢いは、誰にも止められない印象でした。打撃を受けながらも関節をねらい続けて、最後に極めたノゲイラに感動しました。

 

2位 ホイス・グレイシーvsマーク・ケアー(中止)

 この試合はpride2で実現する予定でした。pride1のヒクソンvs高田からすぐに発表された衝撃的カードでした。当時のキャッチコピーは「お次はホイスだ」

 チケットを即申し込みましたが、なんと!ホイスの体調不良によって延期され、さらに延期後に決定した試合にも欠場。結局、ブランコ・シカティックがホイスの代役で出場しましたが、初の総合ということもあり、後頭部への肘打ち連発という反則負けで、会場内はテンションだだ下がりでした。生観戦で、反則と場内のブーイング。衝撃でした。。

 ただ、ホイスvsケアという対戦カードは、今思い出しても胸躍りますね。


1位 マイク・タイソンvsジェームス・バスター・ダグラス(1990年2月11日)

 小学生の頃、タイソンの圧倒的な強さに衝撃を受けました。ただ、このダグラス戦前は、練習不足という噂が流れていて、スパーリングでダウンしたことが大々的にニュースで流れた後の試合でした。

 タイソンが圧倒的に勝利する姿が好きでした。ただ、調子が悪い噂が流れていて、その不安が的中した形でした。タイソンがダウンし、はき出したマウスピースを探す姿は、子ども心にショックを受けました。タイソンがリングがら引き上げる中、もう試合を観ることができないのかと思うと、涙がこぼれました。解説者の方が、強いチャンピオンが負けるのはさみしいものですねと言ったことを思い出します。

 個人的に最強のチャンピオンはタイソンですね~トラブルメーカーとしてもある意味最強ですが。



なんとなく、ベスト5にしましたが、他にも、色々良い試合を思いだします。


UFCのタンク・アボットのファンで、UFCジャパンを観戦した際、握手とサインをもらいました。

それと、若干マニアックですが、最近引退したボクサーのマルコス・マイダナ選手のファンです。


以上宜しくお願い申し上げます。

 根抵当権の債務者Aが亡くなり、相続人BCDのうち、Bが亡Aの事業を引き継ぎ、根抵当権者(銀行)との取引を継続するときの登記。
 


通常、次のとおりです。

①所有権移転(AからBへ)
 根抵当権の担保となっているA所有不動産につき、通常、遺産分割協議の結果、相続を原因としてBを所有者とする所有権移転登記を行います。

②相続による債務者変更登記(AからBCDへ)
 債務者Aの相続による変更登記を行います。なお、債務は遺産分割の対象とはならないため、B、C、Dが法定相続します。

③指定債務者をBとする合意の登記
 根抵当権は、債務者の死亡後6ヶ月以内に指定債務者の合意の登記をしないと元本が確定することから、取引継続のために、Bを指定債務者とする合意の登記を行います。

④債権の範囲及び債務者の変更登記
 この時点で、根抵当権で担保されているのは、BCDが相続した債務とA死亡後に生じるBの債務ですが、すべてをBが負担するには、
 BがCDの債務を引き受ける契約をした上で、Bが引き受けた債務及びBが相続した債務を、債権の範囲に加える変更及び債務者Bとする変更登記を行います。

相続放棄すると、

すべての義務から解放されると

思われるかもしれませんが、

 

実は、

 

次の相続人が

管理を始めることができるまでは、

相続放棄した者が相続財産の管理義務を負います(民法940)。

 

相続人全員が相続放棄すると、

相続人が存在しなくなりますが、

この場合、裁判所選任の相続財産管理人が管理を始めるまでは、

相続放棄した者が相続財産の管理義務を負います。

 

例えば、

相続財産がローン付き不動産の場合、

相続人全員が相続放棄し、ローンの返済義務から免れても、

不動産の管理については、依然、義務を負っていることになます。

(例:建物が倒壊し、他人に損害を与えたら、責任を負うことになります)

 

理想的には、

相続財産管理人の選任申立をし、

管理人によって不動産を売却することです。

売却代金をローン返済に充てても完済できないとしても、

管理義務は買主に移転します。

(相続放棄しているので残った債務の返済義務は負いません)

 

※競売になることもあります。

※この申立には、数十万円~百万円の費用がかかるので注意が必要です。

※相続財産管理人は、申立に基づいて裁判所が選任します。

弁護士司法書士が選任されることが多いです。

この2か月で見た映画↓

並べてみると、結構見てますね~。こんなに見たのかー

 

個人的に面白かったのに☆つけてみました

(残念だったのは★)

 

超個人的見解として

「チャッピー」という映画が一番面白かったです。

 

次何借りようかな~

 

 

見た映画

・ビニ―/信じる男 (ボクシング映画)

・ドリーム  ★(先の展開がよめます)

・デトロイト (憂鬱 実話を基に)

・ファイナルデスティネーション (家族向けおバカさんな映画) 

・saw2 ★(グロいだけの映画)

・ミニッツ:8ミニッツ ★ (「オール・ユー・ニード…」に似てる)

・チャッピー ☆(期待してなかったけど泣きました B級感満載)

・オブリビオン (SF)

・パンズ・ラビリンス ☆(悲しいファンタジー映画)

・シャッターアイランド ☆(サスペンスなので好き)

・それでも夜は明ける ☆(考えさせられました。この時代に生まれて良かった)

・プレイス・ビヨンド・ザ・パインズ ☆(切ない。かっこいい。バッドエンド)

・ギフテッド ★(感動ねらいすぎ 頑張って最後まで見ましたが・・・)

・ゲット・アウト (ブラックジョーク サスペンス)

・プリデスティネーション (SF サスペンス)

・フラットライナーズ (宗教的 サスペンス)

・ザ・ギフト ☆(サスペンス)

・ドント・プリーズ ☆(サスペンス お決まりの展開ですが面白い)

・オール・ユー・ニード・イズ・キル ☆(新鮮な展開)

・マネーショート ★(専門用語多すぎて、見るのが辛くなる)

・レナードの朝 ★(感動ねらいすぎ、1時間後に寝ました)

・月に囚われた男 ☆(考えさせられる 哲学的な内容です)

・ヒトラーの忘れもの ☆(悲しい歴史)

・IT (ホラー)

・きっとうまくいく (面白いはずですが長くて途中で寝てしまいました)

・アザーズ (わかりやすすぎるどんでん返し)

・オデッセイ ★(家族向け、子供向けな気がします)

・マッドマックス 怒りのデスロード ★(意味不明、どこが面白いのだろうか・・・30分後に見るのを止めました)

・マネーボール ★(こてこてなアメリカンな感じ)

・ムーンライト ☆(良い話ですが、感情移入はしにくいですが)

 

以上超個人的な見解となります

司法書士の受験勉強の話。

 
(勉強スタート)
勉強は図書館で始めました。
将来の不安をぶつけてみようと思ったんですよね。
勉強方法がわからなかったので、参考書に書いてあることをノートに書き写しはじめました。2001年8月のことです。
 
その日の昼は、お弁当を買ってきて、近くの公園で食べながら、スポーツ新聞を読んでいまして、ミルコ(K-1)が藤田(猪木軍)に勝利したことが掲載されていて、勇気をもらったことを覚えています。
よし!俺もやるぜ!一回で合格するぜ!!と思いました。
当時は合格率は2~3%くらいだったと思うんですが、むしろ、それがモチベーションになりました。これを合格さえすれば、不安から解放されるのかなって、素朴に思っていました。
それと、正直、勉強にはちょっとだけ自信があったのかも…
 
 
一年目)
当時は、勉強のペースを考えておらず、1日10時間以上勉強したり、その翌日に集中できないと自分を責めたり、勉強方法としてはダメダメでした。
集中できないときは、2、3日何もできず、焦って自己嫌悪になるという悪循環なんですよね。途中、何度も息切れして、仕事に重点をおいたり、遊んだりもしていました。
そんな感じで一年過ごして、本試験1ヶ月前に、勉強がイヤになって宮崎に一人旅に。そして、本試験の3日くらい前に旅先から帰ってきて、ビール飲みながら、映画を見ていて、
「あっ!!明日、本試験じゃん」って。
それでも本試験ではミラクルが起きて、一次試験(午前の部)は29点という高得点でクリア。しかし、二次(午後の部)は足きりでした。当時、二次と書式はチンプンカンプンでした。
 
 
二年目)
何はともあれ、一次をクリアできたことは、自信になりました。
なので、二年目は、二次と書式を頑張れば行けると思い、重点的に勉強したのですが、その間、一次科目の力が落ちていきました。常に勉強していないと力は落ちて行くということは新たな発見でした。この試験の難しさですよね。。
二回目の試験は、一次、二次とクリアできましたが、一年目と異なり、一次はギリギリで足きりを免れました。結局、書式で時間切れになり、不合格でした(時間があっても、当時、書式問題は回答できなかったとは思いますが)。
二回目の試験のことは、あまり記憶にないな~
なお、当時、私はとがっており、無駄に周りの受験生と距離を置いていました(笑)あれはなんだったのだろうか。。
 
 
三年目)
三回目、次こそ合格できると思っていました。三度目の正直です。最後のチャレンジのつもりでした。
当時、模試でも合格レベルで、常に上位に名前が出ていたので、今年こそ行ける!と思っていました。三年目はフルタイムを勉強に充てており、一年を通して体調も万全でした。
しかしながら、本試験では、書式問題において時間切れ…不合格でした。。
 
難しい問題に取り組んで不正解なら諦めがつくのですが、理解できる問題を、時間切れで回答ができませんでした。
 
試験の日の夜、司法書士受験生による飲み会が開催されたのですが、迷った挙げ句参加して、悪酔いしてしまいました。
結局、居づらくなって、一人、先に会計を済ませて、お店を後にしました。外は暗くて、誰も歩いてなくて、内心もお先真っ暗でした笑
家に帰っても、眠れなくて、とりあえず、散歩をしました。今後の人生の方針が決まるまで歩こうと…涙
それと、応援してくれていた両親になんて言おうかと。
 
 
四年目・合格)
四回目の試験も受験することにして、勉強を再開しました。この時点、テキストに理解できないところはなく、十年分の過去問は、丸暗記していました。
私は、本番に弱いタイプなのかもしれません(ソフトボール大会などで、良い場面で回ってきても、毎回凡退してます)。何事も、私は合格レベルに達したくらいでは、合格できないようなのです。だから、120%でなければ、本試験では解けないと、いつも自分に言い聞かせていました。
そして、本試験。
四回目の試験も書式で失敗してしまいましたが、結局、ギリギリで合格できたのだと思います。
 
 
以上、受験勉強中の思い出を記してみました。
かけがえのない思い出です。これからもまだまだいろんなチャレンジをしていきたいな~と思っております。