キャバ嬢選手権というのが始まったらしく全国のキャバ嬢が接客力、トークやセクシーさを競うそうだ。

彼女たちのコメントを聞くとはっきり、お金を稼ぎたい、有名になりたいと言っていて目的がはっきりしている。

シングルマザーだったり、お父さんが早死にしたりして、いろんな苦労の中から自分の生き方にしっかりと向き合った結果なんだと思う。

それぞれのキャバ嬢の紹介ドキュメンタリーを作るとそんな感じになるんだろう。目標を持つきっかけはそれでもかまわないんだ。
けれど、オトコって変なもので、そういう重い話を聞くと夢が見られないところがあっる。

実際はオトコは大金を払って夢を見にキャバクラにいってるんだよね。

結婚したい女性と付き合いたい女性は違っていて、オトコはキャバ嬢と結婚したいと思って行ってるわけではないんだよな

だとしたら、ミステリアスな、言わぬが花というスタンスでキャバ嬢として働くほうがお客に夢を見てもらうことができるかもしれないよ

あるいは過去の話よりも、将来の話を笑顔でしてくれた方が応援できるんだよ。将来は自分のお店を持つのが夢なんです、とか 同情よりもオトコって美人を応援したいだよね。世の中で成功している男性ほどそうだと思う。

苦労話を苦労話としてしゃべてっている間はそれを克服したとはいえないんだ。

苦労話なんて誰でも一つや二つある。思い出しても辛いことは、思い出さなきゃいいし、本当に辛いことは口に出すのも嫌なものだよ。

取材を受けた時点で、苦労からがんばるんじゃなくて、キャバ嬢を楽しんでる、殿方を喜ばせることが生きがいで、苦労なんて感じたことありませんっていうセクシーお姉さんの方がきっと印象がいいんだろうね。
そんな人は実在しないとしても、オトコは
夢を見させて欲しいんだ。山のてっぺんで微笑んでる笑顔の女神さまを求めてるんだろうな。 

昔の日本の村社会では
夜這いというのが当たり前に行われていた

村の若い娘のところに
同じ村の若い男連中が夜這いに行く

つまり夜這いというのは、夜こっそり女性の御宅にいってエッチなことをすることね

一応断る権利は女性にあったそうだから、無理矢理というわけではないよ。

昔の日本は性に対して大らかで宿屋には旅人を慰める女性が必ずいたし、貧しい漁村なんかも、旦那が漁に行ってる間に奥さんは旅人からお小遣い稼ぎしていた

夜這いに誰が来ているかも、家の人もだいたい知っていて、あえて迎え入れてるようなところもあったそうだ

けれどかわいい年頃の娘には当然何人かの夜這いする男があられる

自然の成り行きで子供ができる

すると、ここで娘は大きな選択権を得るのだ

夜這いに来ていた男たちの中から自分の気に入った男を子供のお父さんにしていいという選択権だ

選ばれた男も身に覚えがあるだけに観念して身を固めていたというわけだ

だから昔は
全然他人の子供を育てるなんてことはしょっちゅうあったのだ

全然他人の子供を育ててるって芸能人が泣いてたけど、泣きたくなる気持ちもわかるけど、それを知りつつもけなげに生きてた昔の人の生き方もちょっと見習ってもいいかもしれないね



言葉なんかおぼえるんじゃなかった

言葉のない世界

意味が意味にならない世界に生きてたら

どんなによかったか


あなたが美しい言葉に復讐されても

そいつは ぼくとは無関係だ

きみが静かな意味に血を流したところで

そいつも無関係だ


あなたのやさしい眼のなかにある涙

きみの沈黙の舌からおちてくる痛苦

ぼくたちの世界にもし言葉がなかったら

ぼくはただそれを眺めて立ち去るだろう


あなたの涙に 果実の核ほどの意味があるか

きみの一滴の血に この世界の夕暮れの

ふるえるような夕焼けのひびきがあるか


言葉なんかおぼえるんじゃなかった

日本語とほんのすこしの外国語をおぼえたおかげで

ぼくはあなたの涙のなかに立ちどまる

ぼくはきみの血のなかにたったひとりで帰ってくる


(田村隆一「言葉のない世界」より)