100万人の瞑想では、慈悲の瞑想からヴィパッサナー瞑想へ。
慈悲の瞑想はとても入りやすいものです。
何回か唱えているのですが、ある時突然衝撃を受けました。
慈悲の瞑想はこちらから。https://j-theravada.net/world/metta/
私の嫌いな生命が幸せでありますように
私の嫌いな生命の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな生命の願いごとが叶えられますように
私の嫌いな生命に悟りの光が現れますように
その後です。
私を嫌っている生命が幸せでありますように
私を嫌っている生命の悩み苦しみがなくなりますように
私を嫌っている生命の願いごとが叶えられますように
私を嫌っている生命に悟りの光が現れますように
「私を嫌っている」というフレーズに心底おののきました。
「私の嫌いな」人や生命については容易に理解できます。
しかし、私を嫌っている人にまで幸せを唱える。
これこそ慈悲だなと感じました。
私は幸せでありますように。
から始まる慈悲の瞑想ですが、生きとし生けるものの原理原則は「私、自分」です。
しかし、「私を嫌っている人」にまでフォーカスできるところに慈しみを感じます。
