【あらすじ(無毛地帯/最終話を読んでいない方へ)】
将来的な介護を考えて下半身の永久脱毛を決意した私は一体どの永久脱毛が自分に合っているか占う事にした。



占いの館…存在は知っていたけれど、まさか自分がココに来る事があるなんて。
薄暗い階段を登りながらワクワクするような怖いような不思議な感覚に襲われた。
紫色のカーテンが垂れ下がった室内でベールを被った妙齢の女性が水晶玉を触っている。そんなイメージだ。


占いの館の扉を開けると室内は明るく、テーブルの上に事務的な受付機と数人の写真が置いてあった。どうやら気になった占い師の予約券をそこで取るらしい。


オカルト大好きな私としては、その明るい蛍光灯に照らされた室内と受付機にホッとすると同時に少しガッカリもした。

結構人気らしく空いている占い師は2名しかいなかったので、そのうち1名を選びすぐに占い部屋へ入った。


部屋にはショーカットで肉感的な女性がニコニコと座っており、私が椅子に腰掛けるなり「料金は30分3000円で延長は10分1000円です」と言った。


『永久脱毛より明朗会計とは』と思いながら「では30分コースでお願いします」と答えた。
 

「で、今日はどうされましたか?」と言われたので「私に向いている永久脱毛は医療脱毛でしょうか。エステ脱毛でしょうか」と言った。


占い師は「えっっ!?」と言った後しばらく沈黙し、「いやぁ、すみません。そんな相談は初めてで。でも大丈夫です。はじめまーす」とテーブルの上でクルクルとタロットと呼ばれるカードを回し始めた。


そこで驚愕の結果を言われた。
「1年以内で済む医療脱毛がいいかもね。理由は1年後にあなたはこの街から違う場所に引っ越しているから」

その他に続けざまに占い師に言われた内容を端的に言うと


☆私は仕事を辞めて違う場所にいる
☆場所は関西の人が多くいるところ
☆結婚もする
☆その人とはもう出会っている


私は永久脱毛どころではなくなった。無毛より無職だ。
毛を無くして仕事も無くすのか。毛を無くしたから風水的に仕事を無くしたのか。落ち着け。股間に風水なんてあるのか。いやこの際、毛はもうどうでもいい。


私は震える声で「毛を生やしたままなら職も失いませんか?」と尋ねた。


占い師は明らかに困惑しながら「…毛は関係ないですね」と答えた。

占い師はタロットカードをまたクルクルと回し、数枚のカードをサラサラと出し、また違う種類のカードを同じように回して何枚か出した。

「ビックリされているようだけど、あなた、仕事を辞める事はもう考えているでしょ」と言った。


それも驚いた。実はここ最近、今の企業で自分の将来展望に落胆を感じ転職を真剣に考えていたからだ。

あと占い師曰く
☆仕事を失うとは言っていない
☆違う環境であなたは仕事をしている
☆結婚相手は穏やかで温厚で明るく優しい人
☆もう出会ってはいるがまだそんな事は想像もしていない相手
☆その男性は関西に住んでいる
 
と言った。私は1つ疑問に思い
「なぜ私が結婚していないと分かったのですか?」と尋ねた。占い師は「だって、結婚していたら永久脱毛の相談なんて占い師にしないでしょ」と言った。

『そこは推理かよ!!』すかさず心がツッコミを入れる。

私は延長せず占いの館を後にした。


未来の事なんて分からない。今回、占い師が言った事はあまりにも想定外だったので正直なところ『そんな馬鹿な』くらいだ。


でも念の為に医療脱毛にしよう。
「延長して結婚相手の特徴を聞いておけば良かったな」

そう呟いて私は帰宅した。



自己処理を終えた翌日、私はエステに到着した。
エステなどという華やかな場所には無縁だったので、まず入る事に緊張する。
受付の人もエステシャンもおそらく無毛の体で接客をしてくるのであろう。なぜならここは脱毛専用エステだからだ。
産毛が綿埃のように乗った状態で「永久脱毛しましょうよ」などとは流石に言わないであろう。
私は「目の為にはメガネがいいんですけどね」と言う眼科医の言葉を聞き漏らさないタイプなので、そんな腕毛で接客されただけで警戒してしまうのだ。


自己処理により下半身の防御ネットが不在のせいかスースーする。そうだ。永久脱毛を決意さえすれば永遠にこの爽やかな開放感が得られるのだ。まるで高原でヤギと戯れているような涼やかな開放感ではないか。怖じ気づいてる場合ではない。

私は受付へ向かった。


受付にはこちらの不安を消し飛ばしてくれるような優しい笑顔が数人迎えてくれた。
しかし妙な気配もある。どこか張り詰めている空気。
私は違和感を覚えながら『カウンセリングルーム』と呼ばれるところへ通された。
タタミ1畳くらいの狭い小部屋に小さいテーブルと椅子2脚がひしめき合うように詰められたその部屋に私はエステシャンと二人きりになった。

20代半ばと思われるようなエステシャンは座るなり『脱毛に興味がおありですか?』と尋ねてきた。
私も「逆に脱毛に興味が無い方がこちらへ来られた事はありますか?」と尋ねた。

しまった。と思った。これでは嫁イビリをする姑ではないか。慌てて「興味あります。ただ、初めてで不安で」と弱い声色とオドオドした笑顔で小心者の空気感を出した。

エステシャンはそれから喋り続けた。高い声とリアルマシンガン口調でいかに医療脱毛が高額で痛いか、他のサロンは時間が掛かり脱毛力が弱いか、そして今いるこのサロンの最新システムの話になり、毛が生える仕組みまで。
彼女が喋り始めた時に時計を確認した。純粋に「どれくらいの時間ここに閉じ込められるのかな」と思ったからだ。

なんと40分も喋り続けている。隣のブースでは別の誰かが保湿液を買わされているのも聞こえる。

頭痛までしてきたので「チラシには月々3000円程度で永久脱毛が可能です、と書かれていましたが、この説明資料のコースにはどこにも金額が書いていませんね。いくらかかるのかハッキリ答えてもらっていいですか?」と尋ねた。

彼女は一瞬静かになった後「契約されますか?」と尋ねてきた。恐ろしい。日本語が通じない。

それから30分の攻防の末、下半身を完全脱毛するには、早い人で30万のコースで終了する人もいるけれど大体は60万以上のコースを契約した後、それが終了しても脱毛できていなかったら更に別のコースを組む事を聞き出した。

『お前のところも脱毛力弱いやん』とツッコミを入れたいがグッとこらえた。

更に私が帰宅しようとすると「今ここで契約していただかないとこれは初回限定コースのお得なコースですので!次に来ていただいて契約されたらもっと高額になりますよ!」とかなり威圧的に喋り始めた。


しかし妙だった。威圧的な喋り方の割には悲壮感というか、焦りのような空気感が彼女から出ている。
そうか。このまま私が帰宅すると彼女はノルマを達成できないとして上司から叱られるのかも知れぬ。


『彼女も叱られず、私も契約せずに去る方法。何か上手い方法は無いか』


私は膝元に置いてあったバッグを「えっ、えっ」と言いながら開け、スマホを取り出し耳にあて「はい。えっ!?はい。えーーー!いや今ちょうど街中にいるので15分くらいで行けます!」と小芝居をしながらブースを出て、受付の前を「すいません仕事場へ行きます!あ!契約の話はまた次回に!」と言いながら走り抜けた。


こうして私は圧迫勧誘から脱出したのであった。
ゾクゾクする体験だった。
そもそも、まだ始まっていない脱毛が何回で完了するかも不明なのに最初から高額なコース組むリスクなんて私には背負えない。

「……一体、どのくらいで永久脱毛できるんだろう。そして私にはどの永久脱毛が合っているんだろう。気になるな」


そんな私の目に入ったのは『占いの館』であった。


【永久脱毛編☆おわり】
さて、将来的な「自分が介護を受ける」立場になった時の為に全身脱毛を決意し、チラシのエステへ体験脱毛の予約を入れたわけだが、私は小心者なので早速Googleで【エステ脱毛ぼったくり】【エステ脱毛効果なし】【エステ脱毛訴訟】【永久脱毛、永久に生える】などと検索した。
私がGoogleなら『もう医療脱毛にしろよ』とウンザリするくらいの量を検索した。


悪い検索ワードで探しているので疑惑を深めるキナ臭い情報ばかりの答えがでた。
唐突に「なるほど、これは真理だな。人間関係において他人の人間性を最初からアラ探し目線で身構えるのと同じだ。結果、その人の良さを知るには時間がかり、ご縁と人生の遠回りになってしまう」と思った。


なので今度は【エステ脱毛最高】【エステ脱毛大正解】【エステ脱毛ウキウキ】などの高評価を検索した。
私がGoogleなら「わ、この人少し情緒不安定のニオイがする」と身構えてしまうくらいの変貌だ。

良い目線で検索したので、当たり前だが無毛になった喜びをトキメキと共に紹介する感想がたくさん出てくる。


何が真実なのかこの目で確かめなければ。良いエステ、悪いエステ、色々あるだろう。しかし悪いエステを経験したからこその感動もあるだろうし、それも興味がある。
良いエステだけを経験して終わるのもつまらないし、なんだ、結局どちらでも楽しそうじゃないか。


私の結論はそこに辿り着き、いざチラシのエステを訪問する決意をした。


決意したら今度は「エステ脱毛のマナー」を調べた。
相手が悪かろうが良かろうが、私自身はどちらも紳士淑女で接したい。
するとなになら「エステ脱毛の前の自己処理」などという恐ろしい言葉がヒットした。

『え、自己処理できないからプロのところに行くんじゃないの?』『自己処理とは』『なにこの一歩間違えると卑猥な響き』と同時に脳裏によぎった。

どうやら自己処理とは脱毛界のマナーであるらしく、無毛にしたい部分を先に自分でショリショリしてアピールするらしいのだ。

私は早速、電器屋に行き某パナソニッ○の光脱毛用シェーバーなるものを購入した。

シェーバーを前にし、正座で説明書を読む。
親切にも部位別のシェーバーの当て方がイラスト付きで書いてある。

もちろん面倒くさくなった私は、パナソニッ○の困惑を感じながらイラストを無視してシェーバーを股間に当てた。

鏡を置き、シェーバーを当てる。
なぜこんな場所を直視しなければならないのか。他人のだったら平気だが、自分のそれはなぜこんなにも羞恥心を感じるのか。


私は股間を広げたまま推理した。『なるほど。これは自分の女性性と向き合う事でもあるのではなかろうか。どこか真ん中っぽく生きてきた自分に突きつける現実。そこに直視する嫌悪と困惑に近いのではないか』

部屋に響きわたるシェーバーの音にハッとし、推理をやめて無心でシェーバーを当てる。もうこの時点で腰痛を発症しているが、耐えろ、耐えるんだ、1年くらいこの生活を続けたらパラダイスが待っている。


こうして私は自己処理による無毛に成功し、エステへと向かったのであった。