今回は、「越後の虎」、上杉謙信のエピソードですひらめき電球



上杉謙信といえば、私利私欲のための戦争を、一度もしたことがないということで有名ですアップ ほんとかな、と思ってしまいますが、ほんとかも、と思わせる話を一つパー


ある時、武田信玄が、それまで同盟を結んでいた北条家や今川家と対立してしまいました。


信玄の領地は、甲斐と信濃(今の山梨県と長野県)であり、海に面していません。そのため、北条家や今川家は、武田家への塩の供給をストップさせてしまいました。


このとき、武田家に塩を送ってあげたのが、上杉謙信なのですDASH!


謙信にとって武田信玄は、幾度となく戦ってきた宿敵であり、弱体化するのを願いこそすれ、助けることのメリットなんてまったくありません。


それでも塩を送ったのは、卑怯な手を使わずに戦いで正々堂々決着をつけたいという、謙信のいさぎよさからきた行動でしょう。


知ってるひとも多いと思いますが、「敵に塩を送る」という慣用句の由来です音譜 上杉謙信、かっこいいですねビックリマーク



ちなみに、これも有名かもしれませんが、「愛」の武将直江兼続は、上杉謙信の家来ですキラキラ 上杉家には、アツい人が多いですねメラメラ

ひさしぶりの更新は、from大学です学校

さて、個人的にしりあいの人は知ってると思うし、ブログのプロフィールにも書いているのですが、僕は日本史、とくに戦国時代が大好きなのですひらめき電球

ということで、今回から、戦国武将の有名なエピソードで、とくに琴線にふれたものを紹介していきたいと思いますパー

記念すべき(記念してくださいあせる)第一回は・・・「相模の獅子」(この異名、しりませんでした)、北条氏康ですドンッ


北条氏康について軽く説明すると、小田原城を拠点とする後北条氏(北条早雲のやつです)の3代目であり、武田信玄や上杉謙信と渡り合いながら関東で勢力を拡大していった名将ですニコニコ


さて、ここからがエピソードなのですが、この氏康がある日夕食を食べていたとき、嫡男(家を継ぐ息子)の氏政のことを見て、突然

「北条氏もわしの代で終わりか・・・」

といったのです。

なぜそのようなことをいったのかというと、氏政がごはんをねこまんまにして食べていたのですが、その時に、みそしるを2回かけていたからです。

氏康いわく、食事なんて生まれてから数えきれないほどしているのに、それでもごはんにかけるみそしるの量を一度で適量にできないというのは、馬鹿だということらしいです。その程度では、家を保つことはとてもできないといいたいのでしょう。


人間の器量というのは、細かいところからわかってしまうものだというエピソードでしたアップ


さて、北条家がどうなったかというと、氏康から2代後の氏直の時に、豊臣秀吉に攻められて事実上滅亡してしまいましたDASH! ちなみに、この戦いで秀吉の天下統一がほぼ成し遂げられましたグー

この時に北条家の実験を握っていたのは、氏政だといわれているので、氏康の見立ては、あながちまちがいじゃなかったのかもしれません・・・汗






カレンダーをやぶって、新たな月を迎える音が、とてもだいすき。



さて、そんな7月最初の更新は、びっくりしたことについてですひらめき電球



今日の朝、大学へ行く電車の中で前の人が読んでいる新聞を見たら、びっくりビックリマーク


東大が、入学の時期を秋にしようとしているみたいですDASH! アメリカとかにあわせて、留学をうながすのが目的とかなんとか・・・あせる


東大は、がんばってグローバルな大学になりたいみたいですね (´∀`)ぽよ~ん



あっ、7月になったので、クーラー解禁しました雪の結晶 こんなにすずしいとは・・・雪