湿布貼って、頭痛くて、特に意味もなく
「うおああああ!!」
と叫んだら、母親に「なんでそこまでやれるの」と聞かれました。
あー
それ、デジャビュだわ。
てか、結構最近よく言われるわ。
と思ったんで、ちょっとここで吐露します。
いつかまた、自分でも見る気がして。
以下、僕のこと知りたいなー暇だなーと思う方だけご覧ください。
あ、だいぶ暗い内容だからポジティブしか聞きたくない!!って方は本当にスルーしてください!!
嫌われたくないんで!!
そうだ!!
ポジティブといえば、今日、持ち込み用の漫画ペン入れが終わったよ!!
さて。
「なんでこんなにやるのか」
簡単に言えば、これしかないからなんだよね。
一言でいえば、完全なる
『背水の陣』って奴だ。
まず、僕の病気って意外としっかり精神病で、正社員でなんか、今さらどこも雇ってくれない事実か。
これは、事実。
ずっと「そんなことない!!」って、親に怒鳴っていたけれど、僕の人生を振り替えれば誰にだってわかる。
日によって気分の浮き沈みが激しくて、体調を崩す。
薬のコントロールを越えると、1日をうまく過ごせない。
親(もしくは親族等の監視役)と同居しなければならない、と主治医に最後通告を受けた。
よく、「精神病者に見えないねー」って言われるけど。
たしかに、僕だって精神病になる前は、よだれたらしてへらへらしている人間ってイメージだったよ、精神病の人なんて。
それくらい遠い次元で生きてた。
そういう評価が世間的には当たり前だと思う。
でも、現実は違った。
安定していればまともな思考回路で普通に生きていることを知った。
それは不幸なのか幸福なのか、あたしはずっと不幸だと思っている。
実家に帰って、何度目かの入院を終えて、安定しだすと親は口癖のように
「私たちが死んだらどうやって生きていくの?」
って。そればかりを言うようになった。
知らないよ。
知らねーよ。
言われるたびに、苦しくて張り裂けそうだった。
むかついて涙出そうで悔しくてでも泣きたくなくて、車に逃げた。
死にたかった。
本当に死にたかった。
実家にかかってくる電話も訪れる人も大嫌いだった。
「居るなら出てよ」
何度も言われた。
出れるわけない。
なにかっていうと、○○さんちの○○ちゃんは○○大学を出て○○に就職したんだって。
○○くんは、あんた同級生でしょ?
聞きたくない。
聞きたくない。
聞きたくない。
一年中引きこもってゲームをした。
「早稲田、出てるんだから、もう少し頭使いなさいよ」
母親は悪気なく、僕の一番言われたくないことを言う。
食事中にキレて、茶碗ごと投げた。
「死にたいっつってんじゃん!!」
母親の顔に投げつけた。こめつぶが飛び散った。
「じゃあ今すぐ死になさいよ!!」
何度も同じ喧嘩。
死にたい死にたい死にたい、そればっかり。
茶碗を投げた自分も、母親を泣かせる自分も、ゲームしかしない毎日も全部いやだった。
夜、車の中で煙草を吸いながら一人でいると、家では泣けないのにすごく泣けた。
うそみたいにわーわー泣けた。
どこにも居場所なんかなかった。
逃げる場所もなかった。
毎日なんて消費していく時限爆弾の紐にしか見えなかった。
なんにもできずに爆発する日を待つ時限爆弾。
それは一体何年後なのかわからないけれど、入院中に見た孤独な人々の姿が僕の中で膨らんでは消えた。
漫画を見つけたのは、2ヶ月前。
これしかない、と思ったのもその時。
これしかない、強く思った。
華原朋美のCDが車の中でよくかかっている。
『進むしかない』
『行くしかない』
何度もかかっている曲なのに、そんなフレーズを聞くたびに涙が出そうになる。
死にたいなら、過労死してみようぜ。
そう言い聞かせる。
多くの人には『戦う』のコマンド以外に『逃げる』があるのかもしれないけれど、僕にはないと言い聞かせる。
きっと精神病にならなければ、漫画家にはならなかった。
精神病になったから今がある。
それくらい言ってみたい。
早稲田でたくせにとか言われたくない。
いつか同級会にいきたい。
胸はって自分の職業を言いたい。
難しいことなんて分かってる。
そんなこと問題じゃない。
だって過労死する気満々なんだから。
そんな理由かなあ……
ちょっと見直していないので支離滅裂。
てゆうか、意味不明だったらすみません。
完全に自己満日記でした。