昨年の供養祭(49日)・開眼供養祭に続いて、横田住職のお世話になりました。
ディアペット東京さんは移転されたので、こちらは初めての場所。
横田住職のご挨拶の後ろに愛猫の映像。
たくさんのペットちゃんたちの映像が流れて、みんなたくさん愛された子たちなのだな!と胸が熱くなる。
読経の中で、愛猫の名前と一周忌であることが分かる。
多くのペットちゃんたちと一緒だから、寂しくないね。
愛猫の映像がハッキリと写されて、ああ、我が子だ!としみじみ思う。
予期せず涙がボロボロこぼれ、横田住職のお話にウンウンと頷きまくり‼︎
ひとことでまとめるなら、何度もおっしゃっていた
「信じる者は救われる」
以下、正確ではないが、私が聞き取った内容。
『虹の橋』のお話は、20数年前からネット上に存在していた。
「アメリカンネイティブのシャーマン」の話。
今は原文が見当たらない。
各地域によって、あの世の風景は違う。
アメリカ原住民→草原が広がり、虹がかかっている。
仏教→お花畑。
インド→川を渡るとあの世。
ヨーロッパ→雲海の上にある石造りの城の門をくぐると天国の扉がある。
北欧→バルハラ。お酒を酌み交わして歓迎してくれる。
中国→桃源郷。
地域によって違うが、ひとつの真理。
あちらでは、元気な姿を取り戻し、食べ物も水もたくさんあって、元気に走り回ってみんなと仲良く過ごしている。
心配はいらない。
「再会できる」→救い
「信じる」→希望
再会できるのは何故か?
お互いを思い合っていたら、惹かれ合う。
法要で、数珠を合わせて繋ぎ合わせる。
左手は仏様。右手は私たち。
たぐっていけば会える。
いつかきっと会える。
お線香をあげたり、おりんを鳴らしたり。
それは、続きがあると思っているから。
あちらの世でまた会えると信じているから、愛は永遠になる。
本物になる。
「虹の橋」の作者は、私たちの未来の話だと思っているが、過去の話。
虹の橋を渡って来た者同士、また会おうねと約束していた。
また一緒に暮らそうねと約束した魂の絆。
私たちが歩んできた心の原風景。
この世で再会を果たしたのだ。
この先、また会えます!
事前に質問を募集していた「ペット供養お悩み相談」。
ひとつめは、私の質問だった!
回答:あちらの世では思いが叶う場所。
幸せに暮らしている。
生まれ代わっているかもしれない。
自分ではなく、不遇だった子に魂の器を譲って、新しい子の導き手になっているかもしれない。
その子の守護者となっている。
新しい子を可愛がっているつもりが、二人分可愛がっていることになっている。
家が変わっていても問題ない。
心配する必要ない。
(あちらで待っていてね!と言えば、待っているでしょう。)
二つ目の質問は、いまあの子はどうして過ごしているでしょうか?
回答:これは私はイメージできません。
皆さましかイメージできない。
魂は自由なので、行ったり来たりしている。
お盆だけでなく、日々寄り添っている。
三つ目の質問は、遺骨は家に置いていていいのでしょうか?
回答:お骨は託されたもの。
置いておくだけでなく、手を合わせ、声をかけて、これからも可愛がれば大丈夫。
ディアペットの佐藤様が質問を読み上げて進行して下さいました。
お世話になりました。
ありがとうございました。
今回、みんなの供養祭に参加して良かったです。
愛猫は幸せに過ごしていると信じることができ、心から安心したからです。
どうしているだろうかと、ずっと気掛かりでした。
あんないい子、幸せでないわけがありません。
生まれ代わって幸せに暮らしているのもいいと思っています。
私の勝手な願いとしては、待っていて欲しい。
でも、愛猫が幸せならそれが一番‼︎
↓ディアペットさんのInstagramより。
愛猫とは前世で縁があったと感じていたが、また会おうと約束した者同士だったのだ‼︎
↓映写する写真、どれも可愛くて悩みました。
会いたいな。
なでたいな。
抱っこしたいな。
思う存分、おなかを吸いたいな。


































