父の訃報を聞いたとき、小四の長男は、号泣したそうだ。

長男は、父にとっては初孫であり、
里帰り出産で、生まれてからしばらく実家にいたこともあって、本当に可愛がってもらっていた。
そうはいっても、最近では、年に数回、2~3泊帰省する程度だったし、悲しみはするだろうが、そこまで落ち込むとは予想外だった。
こんなことなら、せめて最後の方だけでも、もっとゆっくり会わせておけばよかった。

いくら厳しい病態と言われても、最後まで諦めてはいなかったので、コロナを懸念して、極力接触を避けていたことは大いにあるのだが、それとは別に、痩せてやつれた姿を目にするのはお互いに辛いだろうし、万が一何かあったときに、その場に立ち合わせるのも避けたいと思っていたのだ。



亡くなった父に対面した長男は、父を見るなり、くるりと向きをかえてトイレに駆け込んだ。それから、ドア越しに、激しい嗚咽が聞こえてきた。
六歳になったばかりの次男は、まだあまり事態が飲み込めないのか、言葉少なに、大人しく座っていた。
二歳の長女は「おじいちゃん、寝てるね」と言って、父の頬に、オモチャの注射をさしたりしていた。子供なりに、治療をしようとしたのかもしれない。
トイレから戻った長男は「おじいちゃんの死に目に会えなかったことが悔しくて仕方ない」と言っていた。

翌日、お通夜の準備などでバタバタしていると、長男の姿が見えないので、次男と姪に聞いたところ「おじいちゃんと二人にしてって言われて、みんな追い出された」と言う。
そこで、そっと見に行くと、本当に、父の寝ている部屋に閉じ籠り、父の亡骸のそばにじっと座っていた。まるで、父と何か話しているようだった。
その後、何度もトイレに駆け込んでは泣いていたようだ。

翌日、父が棺に入ると、みんなで枕元に手紙を書いて入れた。長男も一生懸命書いていた。次男は紙飛行機と郵便ポストを紙で作って入れていた。長女のかいた絵も母が入れてくれた。

その夜は、長男が、どうしても、おじいちゃんと一緒に寝たいというので驚いた。そこで、父と母と私と妹と姪と長男で並んで寝ることになった。長男が、父の一番近くに寝た。夜になって、棺の中の父の頭が、ほんの少し左にかたむいていると、母と妹がいうので、気のせいだろうと思いながら覗きこんだのだが、確かに、ほんの少し左にかたむいているのである。はじめはまっすぐだったはず。葬儀やさんがまっすぐにいれてくれたに違いないのに。
すると、それまで知らぬ顔で布団の中で漫画を読んでいた長男が、ふと顔をあげ、「おじいちゃんの魂が戻ってきて、お手紙を読んでるんじゃない」と言うのである。
それまで、気のせいじゃないか、いやでもやっぱりどうみても少し傾いてるんだよなあ、重力の関係?とかでそんなことがあるのかな?などと、悶々としていた私は、それをきいた瞬間からそうとしか思えなくなってきた。だって、確かに首は、みんなが手紙を置いた方向にほんの少し傾いていたのだから。そして心が震えるような感覚を覚えた。


お通夜とお葬式は、母のたっての希望で、自宅で、夫に執り行ってもらった。義父が隣で一緒にお経を挙げて下さった。とても暖かい式だった。父は、何より喜んでいることだろう。

お通夜とお葬式の間、長男は一番前に陣取り、ずっと涙を流していたようだ。
火葬前に、妹が姪のゆっちゃんのピアノの発表会の演奏の録音を流している間は、誰よりも泣きじゃくり、後で妹に、「おじいちゃん、ゆっちゃんのピアノの音聞こえたかな」と尋ねていたそうだ。

お骨を拾う直前に、長男が、深刻な顔で、「お母さん、お骨を拾うのに、制限時間ってある?もし、全部拾いきってないのに、時間がきたらどうするの?残った骨はどうなっちゃうの?」と聞いてきた。
「いや、そんなものはないと思うけど、念のため、全部拾えるように、急いで拾って」というと、暑さにフラフラになりながら、ものすごい気迫でお骨を拾っていた。

お骨になって父が家に戻ってからも、長男は、何度も仏壇の前に行っては鐘をならしてお参りしていた。
長女は、カバーのかけられた骨壺を見て、「これは大きい牛乳?」と聞いていた。

長男は、母と妹と姪に、「ちゃんと朝晩と出かけるとき、おじいちゃんに、かかさず挨拶するように!」と何度も念を押して、帰宅した。

しばらくして、母たちから、喉仏を入れた小さな骨壺の方を連れて、お月見をした話を聞いて「喉仏ばっかりいいなあって、本体さんの方がうらやましがるよ」と注意していた。

長男が、母に「おじいちゃんが着ていた服とかはどうするの?」と尋ね、母が「一部はバッグや小物なんかに作りかえて、あと一セットくらいはとっておくかな」と答えると「他は捨てるってこと?だめだよ。僕が大きくなったら着るから、全部とっておいて」と懇願していた。


父が亡くなって、一ヶ月ちょっとたち、冬休みで今帰省しているのだが、今日、長男は父の着ていたダウンコートに、父の帽子をかぶり、雪かきをしてくれた。まだ少しだぶついて、慣れない雪かきをするそのシルエットは、父とは全然違ったけれど、それを見ていたら思わず涙がこみ上げてきた。

長男が、「おじいちゃんのコート、おじいちゃんの匂いがする」と言った。