じゅん

おはようございます、じゅんです。

「もう朝だなぁ」と思って起きたら4時半でした(涙)

それはさておき、私が人に何かをお伝えする時に「気付いて欲しい」という想いを強く持ってお伝えすることはありません。何故なら、気付きとは「本人が選択するか、しないか」だからです。そもそも人は「気付いている」のを認めたくないのだと思います。

私自身、自分の弱さを他人に話す時があるわけですが、何故、そう想い、どうしていけば良いか、わかった上で吐き出すことがあります。しかし、必ずしも行動できないのは、やはり「認めたくない自分」がいるからですね。

それが弱さなのか、頑固さなのか、人によって違うでしょうが、人間なので他人がいうほど簡単にはいきません。

それゆえ、手を変え品を変え色んな角度からお伝えするのですが、その時に気付けばそれはそれで良し、気付けなくても、また他の誰かや何かを切掛にして気付く(または認める)のでそれもまた良し、そんなふうに思うのです。そして、人はそういう「強さ」を持ち合わせているのです。

ただ、私が伝えたことを後日「本に書いてました、やっぱりそうなんですね~」と言われると、「肩書の影響力は大きいなあ」と若干がっかりします(苦笑)

こもりとじゅんのやめぽじ
じゅん

こんにちは、じゅんです。

きれいな言葉を並べて、本質から目を背けていても問題を先送りにしているに過ぎません。例えば親との確執などはアイデンティティの形成に大きな影響を与えているため、そこから目を背けていると多くの場面で歪んだ思考パターンが出てきます。

そして、思考パターンは言動に直結しているため、望んでいない結果が導かれます。「頑張っているけど、うまくいかない」という人は自分の中で目を背け続けているものを、一度客観視し認識することから始めてはどうでしょうか。

自分が見たくないものから目を背けたい気持ちは良くわかります。だけど、本当は気付いているんですよね。だから、一度、それを顕在化することで、受け入れてください。「相手が悪い」というのは簡単です。しかし、それを赦さない限り、相手も「ごめんなさい」は言いたくても言えないものです。
やめぽじ君

みんな愛するひとたちと素敵なクリスマスを過ごしてるポエ~?
世界がいつも愛に満ち溢れているといいんだポエ~!

I wish you and your loved ones a Happy Merry Christmas.
じゅん

こんにちは、じゅんです。今年最後の出張に出ようと思います。

昔から良くある話しをイマサラするのもなんですが、貴方は毎日86,400円が口座に振り込まれるとします。ただし、1日が終わった途端に残金は消え、翌日新たに86,400円が振り込まれます。これが、毎日、繰り返されるとすると86,400円をどう使いますか?殆どの人は出来るだけ使い切ると答えます。そう、1日の時間は86,400秒なのですね。

これは、皆に平等に存在しています。しかし、この時間当たりの価値は人によって全く違います。わかりやすく、1時間に稼ぎだす金額に例えると、私のコンサルティング料は2万/時間からです。仕事の内容によってはこれが何倍にもなっていきます。なぜ、同じ時間で何倍にもなるかと言えば「肉体労働」から「創造労働」へとシフトするからですね。

逆にこの時間を他人に搾取されるとどうでしょう?毎時間数万円がキャッシュアウトしてしまうのです。他人に何かをお願いするということは、それだけ他人の「創造的時間」を奪っているという事は自覚したほうが良いでしょう。逆に与え続けることで、めぐりめぐって自分に返ってくるということもあるので、無駄な時間と思い遠ざけるばかりでも良くありません。

他人の時間を奪うときは慎重に行わなければ、愛想を尽かされるのも時間の問題です。貴方は与える人ですか?それとも奪う人ですか?
じゅん

こんにちは、じゅんです。やめぽじ君が言うほどタフではないことを痛感しています。明日は今年最後の出張なのでなんとか乗り越えなくてはなりません。

さて、気がつけば今年もあと10日程になりました。1年を振り返ってみて自分の成長を計るバロメーターは「接している人が変わったかどうか」です。

1年前と今を比べて毎日接している人が変わっていないのだとすれば、どうでしょう、自分自身が成長したなという実感はあるでしょうか?それがさらに2年前、3年前と比べても接している人が変わっていないとすれば、成長していない危険性があるといえます。

人は基本的に「変化」があまり好きではありません。「安定した状態」を脳が好むためです。要するに習慣化するのが楽だからですね。もちろん、ルーチンワークは習慣化し生産性や効率化を図るというのは大事なことです。しかし、出会う人は意識的にした方が良いでしょう。

変化を楽しむ脳になれば、「頑張って変化する」から「楽しんで変化する」領域に入っていきます。私は出張がとても多いですが定宿はありません。出来るだけ泊まったことのないホテルを選び変化を楽しんでいます。もちろん、先週泊まったホテルは最悪だったので二度と泊まらないということもありますが・・・。

人生を変化させるには「人との出会い」が欠かせません。これは静かな水面に小石を投げ入れるようなものです。どのような変化が起こるかはわかりませんが、小さな変化が大きな変化へと変わっていくのは想像に難くないですよね。

来年の今頃、「ああ、今年は変化の多い楽しい1年だった」と言えると良いですね。
やめぽじ君

毎週のように飛行機で飛び回るじゅんは意外とタフなんだポエ

昨日は数時間自分でうんてんして移動してたし、今日はまた飛行機で移動だし、元気の秘訣は「楽しい」だそうだポエ

4時に起きて仕事するのが楽しいとか変人だポエwww

あ、夜のスカイツリーが綺麗だったポエ~

じゅん

こんにちは、じゅんです。訳あって久々の投稿は皇居外苑よりお届けしています。
とても日差しが暖かく気持ちが良いですよ。

さて、仕事柄、色んな人の話しを伺うことがあります。その度に、「正しさ」は役割と密接に関係していると感じています。売上こそが全てだと思う人、顧客満足こそが全てだと思う人、品質こそが全てだと思う人、集客こそが全てだと思う人、それぞれの立場において「正しさ」は変わります。

しかし、その「正しさの先にあるもの」はそう違いはないはずです。一度、立ち止まって「自分の正しさ」はどんな結果をもたらすのかを考えたほうが良いかもしれません。言い換えれば、「誰にとって良い」結果をもたらすのかです。

どれだけの人を巻き込み、どれだけの時間軸で未来までを見通しているかで随分と変わって来ます。自己満足のために売上をあげたい人と、その売上を上げることで自社の社員や家族だけでなく、仕入先や生産者までの潤いを考えているのでは大違いです。そして何かを成し遂げるために多少の犠牲は仕方がない場合もあります。もちろん、犠牲になった当事者はたまったものではないですよね。

だけど、いまの世の中の仕組みだと致し方ないように思います。全ての人が自分のことと捉え、考え、思いやり、行動できる時代がやってくると願っています。


やめぽじ君

じゅんの眉間の縦シワがやっととれてきたポエw

この数週間、なんかソリューションが何度も審査を落とされて「細かすぎんだよ!!ヾ(*`Д´*)ノ"」なんてじゅんらしからぬ暴言を毎日吐いてたポエwww

じゅんもまだまだなんだポエ~www
じゅん

こんにちは、じゅんです。
今日も「こもりとじゅんのやめぽじ」をよろしくお願いします。

「理想とする自分像」を求めることは悪くありません。しかし、そこに「完璧」を求めすぎるのはお薦めしません。また、理想とする自分像と現在の自分にギャップを感じ、不必要にそのような自分を責めるのもお薦めしません。

まず、「完璧」を求めてもどの状態が完璧なのかは「いまの経験値」でしか計れません。物事はなにごとも「深さ」があります。「わかった!」と思った途端に次の深さに突入します。その深さから見ると「全くわかっていない」状態です。

禅のお話しに次のようなものがあります。

和尚と弟子が道中で鰻を焼いているお店の前を通りかかりました。
和尚は「うまそうじゃのぉ」と言いました。
数時間後、弟子は和尚に「あのような発言はどうかと思いますが」と問いただしました。
和尚は「おまえはまだ鰻に心をとらわれておるのか」と一喝しました。

「今を生きる」ことに対する理解の深さの違いが和尚と弟子の会話に現れています。


さて、「不必要に自分を責める」ことは何故おすすめしないのか。それは、単純に「辛い」からです。出来ない事実は事実として受け止め、どうすれば出来るようになるのかに頭を悩ました方が良いですね。「出来ている状態」と「出来ない状態」は常に同居していて構いません。少しずつでも「出来ている状態」になっていく自分を褒めてあげましょう。

私たちは物事を二元性で考える癖があります。「正義」と「悪」「上」と「下」「右」と「左」そして、「出来る」と「出来ない」
物事はただ変化をしていくだけです。相対的に評価をすると二元性になるのです。そうではなく「出来ない自分」が「出来る自分」になるのを楽しむというのはどうでしょうか。