
おはようございます、じゅんです。
「もう朝だなぁ」と思って起きたら4時半でした(涙)
それはさておき、私が人に何かをお伝えする時に「気付いて欲しい」という想いを強く持ってお伝えすることはありません。何故なら、気付きとは「本人が選択するか、しないか」だからです。そもそも人は「気付いている」のを認めたくないのだと思います。
私自身、自分の弱さを他人に話す時があるわけですが、何故、そう想い、どうしていけば良いか、わかった上で吐き出すことがあります。しかし、必ずしも行動できないのは、やはり「認めたくない自分」がいるからですね。
それが弱さなのか、頑固さなのか、人によって違うでしょうが、人間なので他人がいうほど簡単にはいきません。
それゆえ、手を変え品を変え色んな角度からお伝えするのですが、その時に気付けばそれはそれで良し、気付けなくても、また他の誰かや何かを切掛にして気付く(または認める)のでそれもまた良し、そんなふうに思うのです。そして、人はそういう「強さ」を持ち合わせているのです。
ただ、私が伝えたことを後日「本に書いてました、やっぱりそうなんですね~」と言われると、「肩書の影響力は大きいなあ」と若干がっかりします(苦笑)
こもりとじゅんのやめぽじ


