地球維新 ガイア理論から今を読む

地球維新 ガイア理論から今を読む

気がつくと世界は日本の文化や歴史に興味を持つ人々が増えてきました。千と千尋の神隠しアカデミー賞を受賞してから明らかに風向きが変わってきました。キリスト教などの宗教から、自然とともに生きて行く価値観に変わってきたといえます。

地球はひとつの生命体である。ジェームズ・ラブロックはこのように唱えガイア理論を提唱しました。地球は生命体であることは、誰もが異議がないと思います。今も尚、あらゆる秩序が保たれ、あらゆる生命が成長し続けています。しかし人間の行動のみがこの秩序を狂わせてきました。既に人間の行動次第で地球という生命が持続できるかどうか危ぶまれるまでに至りました。地球がひとつの生命体であるならば、人間の存在意義は何であったのでしょうか。本来は人間も自然と共存すべき生き方を目指すことが、生命体ガイアの完成形であると言えます。



それゆえ、地球環境の自然と完全調和するべきことが、我々人類の目的であるとも言えます。



その中で、奇跡的に自然と調和し発展してきた国がありました。それは日本です。しかし、明治維新と共に欧米諸国の産業革命の波に押されてしまい、日本も、自然と共に生きる思想から、国家繁栄を軸とする欧米化の波に飲まれていきました。神仏習合は廃止され、神道が国家宗教となり、皇室は国家の最大権力へと変わっていきました。やがて、様々な思想が流れこみ、日本は自然とともに生きる価値観は次第に薄れ、その精神も忘られつつあります。日本が最大の誤りを犯してしまったのは、習合思想を廃止し国家神道として他の宗教を抑えこみ日本的思想共存の道を閉ざしてしまったことです。これは、明らかにガイア理論の流れと違う道を辿りました。



このブログでは、坂本龍馬は、持ち前の感性から天命を感じ取ることができる能力を持ち、様々なシンクロニシティを感じながら、それを繋ぎづつけていたと考えます。しかし龍馬が暗殺されたことによって、天命を伝えるものがいなくなり、その後の歴史が、ネガティブに働いてしまい、維新前に幕末の志士達によって沸き上がってきた、大和魂(自分の命を犠牲にしても国のために思う心)と尊王攘夷派の、熱き想いが、「富国強兵」と「国家神道」という国家権力の為に利用されてしまう結果となったことにより、本来あるべき維新の姿が、負のベクトルにより、ネガティブな歴史を招き、最終的に、日本は敗戦国となり、自虐史観をもつ国民が増え、自信を失い、ますます負のスパイラルに落ち込んでしまう結果となったと解釈しています。



天は、幕末と同じ状態に日本を導き、本来あるべきポジティブな姿に再び導いているという考えのもと、ここでは神仏習合という古くからあった日本の心を今一度、今日ある全ての思想を日本的に解釈する『習合思想』として提案し、その運動を『心の道』というスローガンで広めているものです。



本来ポジティブな形になっていたとするならば、日本にあるモノすべての宗教が、日本的仏教や日本的キリスト教、また理性的に捉えた理論でも推し進める事のできる日本的共産主義も生まれたかも知れません。



ネガティブな形になってしまった結果、本来プラスに働くべきだった勢力が、負のベクトルの作用により、反日的なものになってしまいました。龍馬が生きていれば、今ある特亜の国々とも共生していたかも知れません。龍馬がどのようにして日本をまとめて行ったかといえば、藩という考え方から、日本人として心を合わせれば国を変えるほどの勢力が出来ると、全国の浪士達に呼びかけた結果であると言えます。

今日も結果として日本は分散してしまっていることに私たちは気がつかなければいけません。そのことにより、大きな流れの戦略を失い、日本はダメになるという世論が生まれてきてしまうと思われます。



今、最も大切な事は、日本がしっかりとしたアイデンティティを築くことであり、再び私たちは幕末の時代を振り返ることであると言えます。その本質は、日本人の心がひとつになることです。そのために私達一人ひとりが心を繋いでいくことが最も大切であるといえます。様々思想の壁はありますが、誇るべき日本人の心を取り戻すべく『心の道』を国民が一丸となって繋いでいきましょう。

追記2021年11月11日
自然環境を取り戻すべく国連でもSDGsの取り組みが策定されました。
これまでも世界的規模でエコロジー運動が広まりましたが、国家間の政治や思惑に利用されてしまうことも多く、地球環境がより良い方向に向かっているとは言えない状況にあります。
SDGsも同じことになるとも危惧されておりますが、何が最も大切なことなのかその本質を考えていきたいと思います。その上で、新たに「フィボロジー」という新たな尺度を提唱いたします。
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先日、エレナ・ダナーンさんとジャン・チャールズさんの講演会に参加しましたが、

今回の講演会においては不可思議なことがいくつかありましたので、私なりの意見を述べさせていただきます。

 

僕がエレナ・ダナーンさんを知ったのは、ゴリたんの動画からでした。

ジャンチャールズさんとエレナダナーンさんが同時にテレポートして東京へ来てしまった。

その後、ジャン・チャールズさんは富士山にテレポートしてうつさんと出会い富士山に眠るアーク(UFO)と遭遇します。

詳しい内容はこの動画を見てください。

 

 

11月にはお二人で講演会をすることになったのですが、

何故かジャンチャールズさんは、講演主催者の佐野美代子さんと折り合いがつかず、結局、エレナさんだけの講演会になってしまいました。

 

ジャンチャールズさんは、結局別の方法を考え、講演会を行います。

そのお手伝いを、長年エレナ・ダナーンさんの翻訳でYouTubeで僕も大変お世話になっているマータさんが引き受け、無償でお手伝いをすることになりました。

 

何故、無償でお手伝いをしたのか。それは長年ジャンチャールズさんが日本に来たかったことと自分が体験した内容を映画にして公開しようということで、講演会の売り上げを映画の制作費に使いたいと考え、日本の来日を計画していた様子です。

 

結局、ジャンさんはエレナさんと講演会を一緒に開催することも出来て、結果オーライということになったと思いきやこれを機に一緒に行動することも、友達の縁を切り、それどころかマータさんとも友達関係を切ってしまいました。

 

マータさんは、ジャンチャールズさんが来日された際に、数週間一緒に同行され、ジャンチャールズさんと行動を共にされました。長年エレナさんの動画の翻訳に関わったマータさんにとってはとてもお辛い立場になってしまい、結局友達関係をたたれたことで、エレナさんの翻訳動画を卒業されてしまいました。

 

このことで、マータさんの動画を見ていた多くの方が、エレナさんに不信を感じたことと思いますが、僕も瞑想しながら結論に至った答えは、『どれだけ戦っていますか』という答えでした。

 

エレナさんも、佐野美代子さんも真実を伝えるために何度もバンされ続け、否定され多くの中傷を受けて来ました。更にエレナさんは銀河宇宙連合の存在を伝えるために命を狙われたり、多くの方々からバッシングを受けて来ました。

二人は今も戦闘体制でいると言っても過言ではありません。

 

ましてエレナさんは300年未来から歪んでしまった地球のタイムラインを修正するために

未来の肉体を未来の技術で保存して、魂を現在に送って地球人として生まれてこのミッションを受けでやって来ているのです。そのような気持ちでいるお二人に、推測ですが、マータさんが映画製作の為にやって来たご夫婦を無償でお手伝いしたということですから、佐野さんにも売り上げの一部を映画製作の為に使わせてもらえないかという交渉があったのだと思います。

 

考えるに、今もDSの人々と戦っている最中です。宇宙連合からしたら今も戦闘状態だと言えます。佐野美代子さんも今も戦闘員と同じ立場だと思うのです。映画を作りたいからお金を分けて欲しいと要求された内容をエレナさんは快く思うでしょうか?

 

エレナさんとしては、ジャンチャールズさんも平和が訪れるまで一緒に戦って欲しいと思っていたことと思います。ソーハンさんも同じ気持ちではないでしょうか?

 

しばらく時間を空けて再交渉を考えていたかも知れません。映画制作のことはこの戦いが終わってからじっくり作ればいいと、今はそんな気持ちにはなれないことでしょう。

おそらくその空気感の違いが大きな確執になってしまったのではないでしょうか?

お手伝いをされたマータさんはジャンチャールズさんと同じ立ち位置になってしまい今回、友達の関係も解消されてしまったのではないかと推測されます。

 

マータさんの翻訳された動画がなくなってしまったことはとても寂しいですが、再び一緒に向き合って欲しいと切に感じます。カルマを超えてこの人類歴史の新しい時代に向けてぜひ心を合わせて欲しいと切に願うばかりです。

 SDGsは国連で策定された新たな環境問題対策として全世界に広がりつつありますが、

その本質は本当に自然環境の保全や地球を守ることにつながっているのかということです。

 

フィボロジーの最終目標は人類が宇宙森羅万象のネットワークに繋がっていくことですが、

この目線で物事を比較しなければ結局何の解決にもなりません。

 

SDGsの本質も結局キリスト教的な価値観で物事を解決しようとしていると思われます。
 

キリスト教の問題点は、キリストの神が善であり、それ以外は野蛮あり、自然環境とともに生きてきたネイティブな人々の考え方を改めさせ、強制的に国を変えていってしまいました。結果として、様々な問題が起きてきたわけですが、SDGsもこれが理想であり、これを実施することが最も正しいことであってそれに従わないのであれば、改めさせる。

 

結局その解釈が、観念的であり、また全てのルールをこの内容に統一するという事が、本当に多様性なのか、多様性多様性と言いながら結局、統合している形になりかねません。

 

フィボロジーという尺度で見ればその本質が見抜ける事でしょう。

日本人は本来この感性は持っているはずなのに、最も振り回されてきました。


YouTubeでSDGsの問題的について取り上げられていましたので

ご紹介いたします。

 

 

 

オリンピックも無事に開催し2021年も残すところ数ヶ月となりました。

『フィボロジー』とは、スピリチュアルでもいわれている『心の時代』『風の時代』という新たな時代を実体的に展開しようとする理念です。

ご存じの通り自然現象には共通する自然法則『フィボナッチ数列』が森羅万象すべてのあらゆるところに散見されています。
 

しかしながら、人類歴史と人類の営みにはこの『フィボナッチ数列』のつながりが明確ではありませんでした。

もちろん、フィボナッチ数列という解釈はあって、『f分の1ゆらぎ』『黄金比』などが研究され製品や理念に応用することはありますが、人類の営みそのものに、深くこのフィボナッチ数列が関わることがなかったと思います。

 

その理由として、人類歴史は自然と寄り添って来なかった歴史だったからだといえるでしょう。

もしも人類が自然と寄り添っていたとするならば、環境破壊や動物や昆虫などの絶滅は避けられてきたはずです。

このブログのエピローグでも人間は地球にとって癌細胞のような存在と結論付けています。

人類がこれまで産み出してきたものが生態系を大きく変えてしまいました。
農薬、除草剤、石油などで生成された化学肥料や薬品や化学物質、プラスチック製品。乱開発、有害物質の散布、産業廃棄物、核の汚染物質、森林の伐採など

 

その営みによってたくさんの動物、植物、昆虫類、微生物などが絶滅し存在を無くしてしまっているのです。

 

『マヤの予言』でもいわれているように人類歴史は新たな時代を迎えるといわれています。このまま人類が方向性を変えなければ、人類もまた消滅の道を辿っていくことになるでしょう。

しかし私たち一人ひとりがこのことに気づき心を入れ替えていくならば、自然と共に生きる新たな価値観を迎えることができるはずです。私たちの心には良心というものがあるのですから。


その良心を通じて実践するのは自然と寄り添った生き方を目指していくこと。

その第一歩の実践がフィボナッチ数列的な生き方の実践です。

 

その中でも最も大切なこと、自然と営みで築いてきたものは調和の世界です。

自然社会すべてが大調和をなして形成されています。

 

実はそれを実践してきたのが日本だったのではないかと思うのです。最新の歴史を見てみますと、日本は縄文時代まさに和の精神で生きてきた歴史でした。争いごとを好まずまさに和を基調とした生き方を目指してきましたが、弥生の時代から大陸的価値観が入ってきて権力のあるものが世を支配し権力抗争の歴史でもありましたが、日本列島という自然災害が頻繁に起きるその環境の中でも大切な死生観、宗教観、民族の基本的な営みは変わらずに江戸時代までは自然と調和した生き方を営んできた歴史でもありました。

 

フィボナッチ数列は個体と個体が合体することが第一原則です。

人間社会で例えるならば、人と人とのつながりを深めるということになります。

人類が生まれ育ち家族が形成され築いていくことも一体化です。夫婦が一つとなり家族親族が一つとなること。

そしてファミリーが一体化し親族が一体化して自然に寄り添っていく道。

夫婦の関係を一体化させることができて子供も同じように一体化を果たしていくことができるでしょう。

家族、会社、社会、が皆お互いに協力し合い助け合っていくこと。一人ひとりの目覚め。
 

国連でも持続可能な社会を目指しこれからの新たな指針としてSDGs(17の取り決め)を行いました。


しかし肝心な内容が盛り込まれていません。

それがこのフィボナッチ数列的な生き方、人類と森羅万象が一体化する事です。
人類が目指す最終目的とはこの森羅万象ネットワークとの一体化であるといえるでしょう。
この解釈が抜けてしまうと持続可能という言葉が無機質的な解釈を生んでしまうことになりかねません。
SDGsをエコという名のビジネスにはしたくはありませんから。
フィボロジーの深度を数値化することも避けたいものです。
 

私たち一人ひとりの完全調和した体のように人類全てが調和した関係を持つこと。これがフィボロジーの最終目的 SDGs18番目の最終ゴールと言えるでしょう。


しかし現実は全く実現できていません。

『フィボロジー』はまだ始まったばかりの理念です。

でも私たち一人ひとりがこのことを意識することで、フィボロジーを実践した家族、会社、社会を生んでいく事ができることでしょう。

 

フィボロジーという指針は日本が再び世界のリーダーとして復活する可能性も秘めています。分散化されてしまった日本人の心がどうかこのフィボロジーという新たな理念で繋がっていきますよう願ってなりません。