美しい日本の恋 ~やまとなでしこ恋愛考~ -2ページ目

美しい日本の恋 ~やまとなでしこ恋愛考~

日本文化を彩る女性美と恋愛を考える

美しい妻の絵姿が、夫婦に難をもたらす「絵姿女房」は、全国的に分布する昔話です。
妻を龍宮や明神様の娘など、異界からの授かりものとする場合もあるようです。
柳田国男は、この話に出て来る百姓と殿さまのすり替えはあり得ないという見地から、

外国昔話の翻訳ものであるという説を唱えています。

独身の若い男のところに、美しい女が嫁に来ますが、

あまりの美しさに男は片時もそばを離れたがりませんでした。

それでは仕事にならないと、嫁は自分の絵姿を男に持たせて畑へ送り出しました。

ある時、絵姿が風に飛ばされて、その絵姿が殿さまの手に渡ります。
殿さまは絵姿の美女を探し求めて、ついに男の嫁であることを突き止めます。
殿さまは男のもとから女を連れ去りますが、その日から女はまったく笑わなくなってしまいます。

男はなんとか嫁を取り戻そうと、物売りになって城のまわりで声を張り上げました。
すると、今まで一切笑わなかった女が、はじめて笑顔を見せました。
今度は殿さまが女を笑わせようと、物売りを呼び寄せ、衣装を取りかえて歩き回ると、

門番は殿さまを城外へと追い出すのでした。男はそのまま殿さまとなり、

夫婦は城で幸せに暮らしたのでした。

日本の女房話では珍しいハッピーエンド型であるのも、外国翻訳ものと思わせる一因でしょうか。
さらに、このお話は「難題型」も別種ありますが、この「難題型」では殿さまが繰り出す難題を、妻の智恵によって解決し、殿さまを遣りこめるという話になります。より、男と女の夫婦仲がほほえましく思わせる展開であり、このことからも日本の昔話としては異例なのかもしれません。
また、この話は外国昔話の典型のひとつである「美しい妻のために迫害される夫」にほぼ対応しているとされています。

この「絵姿女房」しかりですが、昔話に登場する男とは、えてして情けない優男が多い様な気がします。
たしかに、これも日本の男の一面であることは間違いないのでしょうが、その反面、女が美しい娘であることが物語の発端となることがほとんどです。また女の場合は美しいうえに、賢いことが多いのも特徴です。才色兼備はいつの時代でも理想でしょうが、ことのほか民の話では、男と女の出来の違いはかくも大きな差として描かれています。

日本の昔話が、王朝から中世にかけて生まれたものだとすると、そこには必ず仏教における禁忌である「女人禁制」というキーワードが出てくるはずです。能などには色濃く見られる女性迫害視点は、少なからず鎌倉仏教由来の精神がしたためられているのだと解すると、同時代のこの昔話の男女転倒ぶりは、より庶民的なニュアンスであるのかと思われます。この説話、昔話のニュアンスは、その点で狂言に近いものです。狂言の原典は説話であるとも考えられますから、この両者がより世話劇化した世界観を持つものだとすると、当時の現実に近い男女の在り方は、女上位だったのではないかと考えられます。

日本の歴史を雑観すると、神代に天照大神を最高神と頂き、孝謙天皇の奈良時代まではまさに女系社会でありました。平安時代に入り、政治の中枢から女性が追いやられるようになってからは、今度は女性は文芸の世界に移り、芸術の才能を開花させます。しかし、やがて戦乱の世に入って武士が跋扈し始めると、女性は表舞台からすがたを消したかに見えましたが、この戦乱の中世では庶民の暮らしのなかで大活躍していたというわけです。中世文学は歌論や随筆、戦記文学の男系文芸が席巻していたとされ、そこでは女性たちよりも男性の強さ、賢さ、美しさが競われるように描かれています。その時、女性がどこで花を開かせていたかというと、巷=説話の世界であったように思われるのです。

能が硬派に見つめる六条御息所の怨念、卒塔婆小町の悲哀も良いですが、やはり、それは遠い過去の滅びた美であります。説話を原典とする狂言が、現代社会とリンクする世話劇化を志向する中で描かれる「そこらあたりの娘=いちゃ」の軟派な愛らしさの方が、時に魅力的に映ることもあるのです。
そして、この流れは近世の落語へとしっかり受け継がれてゆくようです。

仮に、女性上位というものが、絶えることない日本の伝統であると捉えれば、世の日本人男児も心が楽になるのではないでしょうか。愛らしい「絵姿女房」を読んで、女は強しを思うのです。