前回まで

 前回までに、大国主が、様々な迫害を受けた話でした。現在の史学では、表面上の解釈で、歴史的視点が無く、童話的解釈で終わっています。

 宇摩説は古事記の歴史的・科学的・合理的解釈を進めています。これによって、卑弥呼(天照大神の社会が色々と判って来ました。出雲神話は高天原の証明には余り意味がないと思っていたのですが、結構関していました。

 大国主を迫害した、八十(やそ)神は、木の国のオオヤビコの家まで追って来たのですが、スサノオの所には現れません。木の国に追うなら、現在の説である出雲も追いかけることでしょう。

 学者は無視しているのですが、宇摩説では、スサノオの居場所が高天原と解いたので、追うには問題があり、八十神は追えかったと判ります。この後、スサノオが、大国主に言う言葉からも、これが裏付けされます。

 しかも、古事記では書かれてない、大国主とスセリビメとの新婚生活、大国主の嬉しい心が残る歌、そして、宇摩地名で気になっていた、「入野」と、「蕪(元、鏑)先」の地名危険まで判明しました。意外でした。

 それでは、次の原文、現解釈に移ります。

  根の国訪問3(原文)

 於是其妻須勢理毘売者、持喪具而、哭来、其父大神者、思己死訖出立其野。

爾、持其矢以奉之時、率入家而、喚入八田間大室而、令取其頭之虱。

故爾、見其頭者、呉公多在。於是其妻、取牟久木實(実)與赤土、授其夫。

故、咋破其木実、含赤土唾出者、其大神以為咋破呉公唾出而、於心思愛而、寝。

 爾、握其大神之髪、其室毎椽結著而、五百引石、取塞其室戸、
 
 負其妻須世理毘売、即取持其大神之生大刀與生弓矢、及其天詔琴而、

 逃出之時、其天詔琴、払樹而、地動鳴。

   根の国訪問3(現、解釈)

 ここに、其の妻、須勢理毘売(スセリビメ)は、持喪具(はふりもの)を持ちて、哭きて来、其の父の大神は、己(すで)に死(みまか)りぬと思いて、其の野に出で立ちたまひき。

 ここに、其の矢を持ちて奉りし時、家に率(い)て入りて、八田間大室(やたまのおおむろや)に喚び入れて、其の頭の虱を取(と)らしたまひき。

 かれ、ここに、其の頭を見れば、呉公(ムカデ)多(さわ)なりき。ここに、其の妻、ムクの木の実と赤土(はに)を取りて、其の夫(ひこじ)に授けつ。

 故(かれ)、その木の実を咋い破り、含赤土(葉に)を含みて唾(つば)き出(いだ)したまへば、其の大神は、ムカデを咋い破りて唾き出すと以為(おも)ほして、心に愛(は)しく思いて、寝ましき。

 ここに、その大神の髪を握(と)り、其の室の椽(たるき)毎に結(ゆ)ひ著(つ)けて、五百引石(いほびきのいわ)を、其の室の戸を塞(さ)へて、

 その妻、須世理毘売を負いて、其の大神の生大刀(いくたち)と即取持其大神之生大刀與生弓矢(いくゆみや)、また、その天の詔(の)り琴を取り持ちて、

 逃げ出でますの時、其の天詔琴(のりごと)、樹に払(ふれ)て、地(つち)動(よよ)み鳴(な)りき。

  根の国訪問3(現、語義)

喪具(ほふりもの) (夫は死んだと思って)、葬式の道具を持って
八田間大室(やたまのおおむろや) 広くて大きな屋敷
(たりき) 棟から軒に渡したタルキ。

 琴が木に触れて、地が動くほど鳴るとは、、、大変なことに成った。この後(次回)はどうなるのだろう?

 さて、ここでも、史学が無視する多くの問題があります。例えば、家に二度も入った問題などです。これは何かが抜けてるか、迷彩でしょう。また、喪具の問題、、。

 また、数日空けるので、気付いた点は、コメントなどをしてください。では、


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