久しぶりだね。
コロナ禍。こんな世の中になっていつ終わるとも知れない日々を鬱々と過ごすことになるなんてね。慣れてきたけど不満は募るよね。
今年に入って初めての投稿だけど今日はイヤなこと書くよ。
2020年から相変わらず音楽に関する活動はバンドを始める前のようになり、たまーに宅録する程度。
オリジナルを10曲近く作ったりもしたけどやる予定も立たないためか、それぞれが忙しいメンバーとそれをどうこうするという時間も作れないので、ひとまず制作をやめた。
ボカロ曲は3曲目の演奏制作までは終わってるけど、歌詞に悩んでて停滞中。やっぱり以前のように自分のためにやりたい時にやるのが性分に合ってるなと思い、カバーの宅録を再開した。
YouTuberなんて言葉ができる前から投稿してたし、なんなら宅録はラジカセを使った遊び録音を含めたら8歳からやってる。機材でまともに楽器を録音しだしたのは16からだから、来年で30周年になるわけだ。飽き性のくせに長く続いてる。下手の横好き。
初めて録音したのはチェッカーズの『ジュリアに傷心』。ガラクタを寄せ集めて太鼓のバチで叩きながら歌ったのをカセットテープに録音したのが33年前。オカンに聴かれてくそ恥ずかしかった思い出。
宅録は自分の趣味として自分のためにやる。
バンド、となるとメンバーやリスナー、支えてくれる人のためにやるもの。
全然違うもの。
バンドとなると音楽を楽しむこと以外に考えるべきことが沢山あって、それを共感共有し共同で運営できる人とやることが欠かせない。
曲作り、CD制作に必要な準備もろもろ、レコーディングや編集、動画制作投稿、イベントブッキングなど、どだい1人ではこなしきれない。これをクリアしたうえで聴いてくれる人に向け周知をさせていくわけだけど、
すみません突然写真枠が入力されてしまい消し方が分からないので、尊敬するカート・コバーンをはめこんどく。Nirvanaのギタボ。リスペクトする1人。
で、続き。周知させていくわけだけど、物販考えて作ったり、45にもなって若いメンバーとモチベーション高め合い、練習日課題曲決めて活動していくなんて元気、さすがに湧きおこらない。高めてくれたり支えてくれる周りの誰かが居ないといまの自分は無理。
かつて『楽しいことだけしたい』と元メンバーに言われた。
要は演奏、ライブだけがしたい。作詞作曲は出来ないし分からないからしない。付き合いで知り合いのバンドのライブに顔出すとか絶対イヤだし、自分らのライブの日でさえ終わったらさっさと帰宅したい。練習でメンバーに合うのも好ましくないと。
自分が信念をもって行動してきたことと真逆のことを並べられて、否定された・利用されてたと感じ、途方もない喪失感にかられたことがあった。アレを立ち直るのには相当時間かかったわ。
それってこれまで通り全てをほかのメンバー、実質俺にやれという意味やん。そんな関係性、バンドとは言えんわ。関係性が続く訳もなく離別してった。しかもライブが決まってる直前に。
バンドを謳うからには、相互理解なしに持続なんて無理。自分と一緒にやろうと思ってくれているメンバーが今もいることは有り難いことや。
コロナ禍が明けるまで当面は、それぞれの生活のために奔走するしかないという状況ではあるけど。
※今更やけど今日はバンドをしたこと、客としてライブハウスに行ったことで経験した『負の部分』についてを書いておく。異論反論当然あろうが、感じたことだから仕方ない。自分にとっては間違えではないんやもん。
自分が紹介した職場の女性とトラブルを起こした元メンバーもいた。あれは心底ホントに困った。信用したから紹介したのに綺麗に裏切られた。紹介した子に『他にも沢山女がいた』とファミレスで号泣された。知ってたら紹介なんかしなかった。職場での信用は失墜、立場はだいぶ悪くなった。
バンドをやると、音楽を楽しむ以外のいろんな考えごと、リスク、弊害が増えるンだわ。バンドを運営する以上に大変なことが山ほどある。
仕事以外で人間関係の問題に頭を使いたくない。自分は心から向いてないと思った。
あるいは来てはくれないのに『ライブやるか来てくれ』と誘われること。
自分に観てほしいとか思ってくれたり、自分が観たいと思えばすすんで観にいったよ。
見返りを求めるのはナンセンスなことは分かっているが、コロナ禍関係なく昨今のバンドシーンは支え合いをしなければ、バンドもライブハウスも存続なんて困難だろうに。バンドをするなら受け身のスタンスではダメ。
自分をただのノルマ消化の足しにされるのは勘弁。こっちにも誇りがあるンだわ。
はたまた対バンするツアーバンドが冷たい。
年増でプロ志向でない地元限定の趣味だからアナタらの今後の活動にはなんのプラスにもならないだろうから、そら関わる必要なんて微塵もないだろう。実物を目の当たりにし一言はなして百年の恋が冷める瞬間をいくつものバンドで体感した。
打ち上げでダメだしされるなんてのもあったな。こちらにも考えがあって考えてる背景を聞きもせず否定されたりね。
信頼関係もないのに、言い方もわきまえずね。
親しみのつもりだったんだろうが馴れ馴れしいだけなんよ。説得力は売れててこそ伴う世界だろうに、よく言えたな。
せめて『~はダメやろ』やなくて『~より~したらもっといい』みたいな考えなら喜んで聞くけどね。
相互理解、尊重なくしてこの世界は成立せんよ。とっくに無理が来てるよ。
シーンの衰退の理由はあげればキリがないけど、シンプルに言うなら魅力以上に心の負担がデカすぎることだ。もう買ってでも苦労するような人間の生きる時代なんかじゃない。
一見すると目的が音楽ではあっても自己表現や自己主張といったおのれの欲求に特化した、技術はあるけど必要性の薄い人間。初心者を萎縮させる、存在感や影響力はあるけど集客に無縁の人間。
敢えて初心者向けに言うとバンドを趣味なだけで気軽にライブハウスに出入りすると、確実にイヤな思いをするのも事実よ。
成功者やイケてる人らのSNSらからは絶対見えてこない負の部分がある。
ライブハウスの都合による客が感じる不都合も沢山ある。
例えば1度出たら再入場出来ないこと。そら見たくないバンドの時に出ていかれたら、そのバンドはテンションさがるやろうね。でもそれが客がしてる評価なわけやん。
聴きたい音楽があるのと同じぐらい、聴きたくない音や触れたくない世界観もあるンよ。
なのにイベントが終了すると余韻もほどなく、すぐ追い出される場所なんかもあったよ。途中座ることももたれ掛かることもできないし、再入場が許されんのならもうええわ、って何度も途中で帰った。きっとトリがその日いちばんいいバンドということなんやろうけどね、腰がもたねえンだわ。
ある日はファンや出演者、常連と思わせるメンツがカウンターに壁をつくり、バーカンと談笑。ドリンクを買うことも出来ず店を出た。600円のチケットを使えずじまいも何度か経験。
人が入り乱れるイベントで飲み物もって彷徨くのはこわいからしたくない。ペットボトルがある店は先に買って持って帰るようにした。
終了まもなく追い出しながら掃除を始めるのは店とバンド間の時間の契約や人件費の問題もあろうが、物販の順番やタイミングを待ってても中々回ってこない時にされるとシンプルに気分悪かった。列を停滞させてるバンギャをハケさせるんが先では。
そういう日に出くわすと、ライブイベントって誰のために行われてる儀式なんて思うよ。
出演者やライブハウスのために必要ならばやり方や表現の方法は他にあると思う。
それが普通ってんなら、俺は異常でええ。
物販で写真をたのんでOKしてくれたはいいが『このテーブルから前に我々はでないんでそこから撮って』とテーブル越しに言われた。すぐ脇のフロアでバンギャとチャラついて酒のんでるお宅のメンバーがスマホでパシャパシャやっとるのによう言うたもんやな。ルールの不徹底にうんざりやわ。それは自己顕示のための独自ルール。やるならメンバーも守ろ。
これで冷めたバンドもいた。バンドは曲より人となりで選別するようになった。
自分が主催で出演を打診したバンドは、そんな沢山の負の経験が混在するなかにおいて、垣根を無くして自分たちに好意的に関わってくれた貴重な人達だった。今もリスペクトしてる。
こういうことでコロナ禍関係なくバンドってものにある種の限界を感じて、いまは御年寄を相手に津軽三味線を奏でるようになっている。
これまで買った楽器で、電子ドラムに次いで高価な買い物となったが満足している。




















































































