早いもので.15年の月日が流れ
まだ復興半ばの地域もある。
あの時、私達家族は日本を離れていて
アサワの実家にて国際ニュースで
地震を知った。
日本に残した母親の安否の確認に
時間がかかったが、無事を確認でき
ホットした。
その頃は比国のミンダナオ島のマテ市で
小さなビルを建てていて、間もなく完成の所
でした。
当然、成田空港も何時復旧するかも
分からず、帰国したのは6月半ばでした。
本当に年をとると、月日のながれるのは
早いですね 笑
我が家は津波の来る所では無かったので
救われましたが、いまだに見つからない
家族を探し続けている方もおります、何かしら
小さな物でも見つかり、家族の元へ
帰れるように祈っております。
14時46分黙祷を捧げましょう、、、
忘れる事なく後世に語り継がれ、
教訓として、日頃から最低限の準備と
慌てずに行動出来る様にしようと、改めて
認識する次第です。比国でも洪水や大きな地震も
ありましたが、マルコスも私服を
肥やすのをやめて被災地区の貧困層の人
達への支援と、インフラ整備に力を注いで
貰いたいと思います。