「お急ぎですか?
大切なものは、お持ちになりましたか?
お忘れ物のなさいませんように、言ってらっしゃいませ。」

くれぐれも、落としてしまわぬように。。









僕らは、急げば急ぐほど、そこにある小さな息吹を見落としてしまう。
山頂を目指す事で、その道中の優しい風景は早送りとなり、小さな小さな命の営みや、植物たちが織りなす【自然】を見落としてしまう。感じる心を閉ざしてしまう。



何かを掴みに行こうとすると、時間に追われる。何かを追いかけて、時に追われて、心は激しく動揺し、足は更に急ぎ足となる。そして、荒れた心は、牙をつくる。そうやっていろいろなものを傷つけながら走り続ければ、下にある根っこや石に躓く日がやってくる。そうして、ボロボロになりながら辿り着いた頂上には、一体何があるのだろうか。





そこで感じるのは、達成感と優越感。しかし、ときが経つにつれ、大切なものを大切にしなかった事への後悔や、傷つけてしまったいろいろなものへの贖罪心。自分自身の無関心さへの失望。頂上にただ一人、虚しく佇むだけのような気もする。(あくまで私の持論)




『"大切なものを大切にする"為に、
"大切なものを大切にする"
それがこの先もずっと、
"大切なものを大切にする"為の方法』





どんな状態であっても、大切なものを忘れてしまっては幸せにはなれない。お金があなたを(物質的に)豊かにしても、大切なことを大切にできてないなら、たぶん幸せを感じる事はできないと思う。その富で、必要なものを満たすだけ。そして、優越感と達成感を追い求める。それは、先に書いた急ぎ山頂を目指す人の末路をたどる事になる。





大切な事を大切にしながら、ゆっくり歩こうが山頂には着くのですよ。もしかしたら、それすら必要ないのかもしれない。山頂に行かずともそこで見えたものや聞こえた事、【感じた事】が幸せを運んで来てくれたなら、頂上に行く意味もないでしょう。大切な事を大切にしている人の方が、この時点で選択肢が多いのです。頂上に行ってもいいし、行かなくてもいい。いつも言いますが豊かさとは選択肢の数です。いくら物質的な選択肢が増えても、心の中にある無限の世界には叶わない。富があるからと言って、それに気づける訳ではないのだ。





人生は、気づいた人から豊かになる。そして、幸せになる。そんな人から周りに与えだすのです。世界の"正解"なんかに惑わされてはいけません。それは、誰かが作った正解であり、思惑なのです。そうではなくて、あなたを救う者は、あなたに幸せを運んでくれるのは、あなたの中にある"真実"です。大切なものを大切にできている、【私だけが知っている真実】それをお忘れにならないで。しっかりお持ちになってください。




大切なものというのが分からない。自分の中の真実がわからないという人は、簡単です。いつもいつも言っている、『感じる心』を大切にしてください。世界はあなたが感じる為に広がっている教材。誰かの作った正解に迷い込む為のものではないのです。あなたがただ、感じたいように感じる為だけが、ただただ重要なのです。愛だけが重要なのです。そして、私達日本人はそれを昔から大切にしてきた。

https://ameblo.jp/yamasera/entry-12523687107.html



私達ご先祖は、きっと現代人の私達にこう言っていますよ。






『何をそんなにお急ぎですか?
それほどまでにやらなければいけない事があるのですね。大切なものはお持ちですか?急ぐあまり、大切なものを忘れていってしまわぬように。大切にお持ちになって、どうぞ言ってらっしゃいませ。』








人生において、最も大切な事は、
大切なものを、大切にする事だ。
それができれば、何をしたっていい。
何かをすれば、手に入るのではない。
順番を間違えれば、それは不幸へと繋がる。

幸せという愛を、世界中の人が一人残らず教授できる事。これ以上に大切なものが、今の世界にありましょうか。