新!Yamarの徒然なるままに

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Yahooブログから移行してきた『多目的トイレ』探訪ブログです。「介助者」目線から書いた一方的な視点なので、実際使用する利用者目線とは異なるかも知れません。

巨星がまた逝った。

 

4月に亡くなったそうだが、本日、各メディアで公表された。昭和4年生まれ、96歳の大往生。

何度かこのブログでも取り上げたっけな、と思い、検索をかけてみたら、何度かどころじゃないくらい取り上げてた。やっぱり相当小生は秋満さんにのめり込んでいた。

 

最初に知った日本人ジャズピアニストは、前田憲男さんだった。ジャズ世界を紹介してくれた大恩人が連れて行ってくれたWE3(イノさんこと猪俣猛さん、荒川康男さん、そして前田憲男さん)の演奏。

 

その後、2000年くらいの夏の恒例、日比谷のジャズフェスティバルで秋満さんの名前を知ったと思う。ただ、その後は数年しばらく縁がなかった。2010年前後だと思うが、尾田悟さんと秋満さんがスウィングシティや銀座スウィングへ毎月のように出られているところへ顔を出すようになったら、あっという間にのめり込んだ。その一部始終が、上述した何度かどころじゃない、という記録である。

 

晩年、戦中時代の話をされた時、秋満さんは旋盤の少年工だったそう。大変な時期だったことを感慨深く語られていたのが懐かしい。2つ上の尾田さんとの掛け合いが何とも奥ゆかしかった。戦中派じゃなきゃ醸し出せない、なんなら、本場アメリカのジャズミュージシャンでもあの味は出せなかったろうと思う。

 

秋満さんのソロは、御伽噺(おとぎばなし)のような、まるで絵本を読んでいるような可愛らしさが旋律に乗っかっていた。だから、何度似たようなソロになっても、体がウキウキする、それでいて決して派手さがない心地よさ。いつも、ソロの32小節目あたり?の終わりは、締めの低音を「ドーン」と鳴らすのが特徴で、ソロを聴きながら、あの最後の「ドーン」を待ち構えるのが小生の1番の楽しみだった。

 

そして、いつも弾いていた、

「その名はフジヤマ(Se llama Fujiyama)」
「Song of The Island」

の2曲がとにかく小生は好きだった。いや、何よりも当人が、あの名曲が好きで毎回弾いておられたんだと思う。

 

おかげでCDは、まあまあ集めた方だと思う。

 

若かりし頃、Benny Goodmanの片腕とも云えるTeddy Wilsonが「世界にTeddy  Wilsonは二人しかいない、一人は私でもう一人はアキミツ」と云ったとか云わなかったとか。その二人の連弾「HELLO TEDDY YOSHITAKA AKIMITSU」は、若かりし(と云っても50代の)秋満さんと晩年の(と云ってもまだまだ元気な)Teddy Wilsonの掛け合いが聴きごたえ。小生は、いつだったかスウィングシティのライヴの時に、CDを持って行って、サインを請うた。「懐かしいねぇ」って云ってたっけ?快くサインしてもらい、記念写真も撮らせてもらった。

 

また、イノさん(猪俣猛さん)監修の「fill kobe」の演奏は、まさに上述した、後年のソロの節回しが存分に聴ける一枚。2007年だから70代後半か。これもどこでだか、秋満さんとイノさんのサインをもらってた。

 

あとは、尾田悟さんとのデュオ「Swing & Swing SATORU ODA & YOSHITAKA AKIMITSU」の1枚。尾田さんの晩年は、秋満さんあってこそ。と書いたが、CD自体は1996年だから、まだ油が乗ってる頃か。息ピッタリの二人が最高だった。

 

他にも音源は数多けれど、訃報に接して、真っ先に取り出したのがこの3枚。しばらくは、この3枚で偲ぼう。

 

いよいよ日本人による戦中派のジャズが聴けなくなってきそう。

 

秋満義孝さんに、多謝、そして合掌。