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12月は、丸山ワクチンのおかげだったのか、元気な時もあったけど、

新年になり、急速に衰えがわかるようになってきた。

母のいる実家へ通っていたからか、見るたびに頬がこけ、

顔から表情がなくなってしまった。

 

それはまるで花が枯れてゆくようだった。

こちらが手を振ると、やっとの思いで手を振り返してくれる…

それに、ずっと言っていた「かゆい」の他に「痛い」も

言うようになった。痛い、痛い、と、、。

 

頭が痛いと言っても、

そのことを翌日には忘れてしまう。

 

便は真っ黒。

体温は、平熱かと思えば高熱、、

 

高熱に気がつけなくてごめんねと半泣きで言ったら驚いたような目で、

目を見開いてこちらを見ていた。

 

酸素もお医者さんの許可が出て、3ℓにダイヤルを合わせる時もあった。

 

亡くなる前日…

朝、予定外に看護師さんに来ていただいたり、、

午後いらした理学療法士さんが、

母さんの心拍などを看護師さんに報告してくれたり、、

今から思うと、いつもより、せん妄も酷かったし、、、、

傍を離れるんじゃなかった。

 

あの日、自宅に帰るんじゃなかった。。。

子どもとの約束なんか、あの日はごめんで済ませれば良かった。

 

母さん、1人で旅立たせてしまってごめんね。

 

私たち、いい母娘ではなかった。

自分の結婚が決まり、これまで心に溜めていたことを母さんにぶつけた。

ぶつけてしまって申し訳なかったけど、これは病んでしまった経由のある

自分にとり、必要なことだった。本当に、苦い思いばかりした。

母さんもなんじゃないかな。

 

これから、いい母娘になれたらと思っていた。

あれから十数年、

私の子どもを可愛がってくれた。夫にも優しくしてくれたね。

 

旅立ちの時に感謝を言えなかった。

育ててもらったのに感謝を言えなかった。

ずっと引っかかっている。一生、引っかかるんだろう。。

 

私がもっと、しっかり振るまえば、、。

母さんの兄妹も呼んで、

添い寝でもして、、ありがとう。

と、言いたかった。

おじさんもおばさんも、皆さん、お別れ言いたかった筈だよ。

ほんとデキない娘でごめんね。

 

一周忌と納骨式で、

1年振りに母さんのお骨を見たよ。

お骨を見て、1年経っても

自分は母さんの死を受け入れきれてないのが判った。

モヤがかかったような日々…

そうか、だからね、、

 

母さんが死んでしまったというのに、世の中はいつもと変わらず、

時間になれば夜がきて、朝になる、、

酷いと思ってたよ。

 

良く晴れた空の下で、住職さんの鈴が響く中、母さんのお骨がお墓に納骨された。

 

死んでしまったという寂しい事実。

喪失感。後悔。懺悔。誰とも共有できない孤独感。。。

けど、無事に区切りを迎えられたという気持ち。

私は、生きてるんだな。

 

母さん、

母さんが亡くなったことで、私は生まれ変わることになりました。

新しい自分へ。

もがいてもがいて、今のところ、ここに居ます。

これからも、母さんの人生最後の日々を思い出しては

泣けてくるでしょう。

 

母さんが、時々近くにいるのはわかっているよ。

私、善く生きて参ります。

どうか見ていてください。

 

これまでも、これからも、ありがとう。

 

感謝をこめて。