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中山道歩きも4回目。この日は大宮宿から、上尾宿を経て、桶川宿まで歩きます。
前回のゴール、大宮宿本陣があったらしいお店からスタートします。
大宮駅から結構歩いたつもりでしたが、
まだ氷川神社の石碑が立っていました。
東大成の庚申塔。1697年に建てられたそうです。
耳の神さま。眼の神さまと大事にされたそうです。
そういえば街道歩きの人はマンホールをとっていたことに
気づき、慌てて取り始めました。さいたま市はJリーグが2チーム
もある、うらやましい街です。
南方神社。赤い鳥居がとても目立ちます。
長かったさいたま市にお別れし、上尾市に入りました。
大胆な名前のラーメン屋さん。時間が合えば絶対に寄っていた。
宿場の近くの大きな神社は気になるのですが、ここにも愛宕神社があります。
こちらは明治42年にいろんな神社を統合してできたらしいのですが、
詳しいことはまた時間がある時追記します。上尾宿本陣までは
もう少しある。
氷川鍬(くわ)神社。1632年にできたそうです。
駅のすぐ横にあって、地元の人はここに初詣するのでしょうか?
上尾宿の本陣はこのすぐ近くにあったとのこと。
とりあえず旅の無事をお祈りしておきました。
上尾駅。ここでやめようかな…とも思ったのですが、まだ日も高く、
足も何とかなりそうだったのでもう一つ行くことに。
ここから桶川に入るまでは、結構あったように思うのですが、
正直記憶に残っているものはあまりなく、写真も撮っていたのですが、
あんまり思い出せないです。
やっと桶川市に突入。もう少しです。
武村旅館。1852(嘉永5)年築の、当時の旅籠宿の面影が今でも残っている
建物なのだそうですが、中は見られなかったので写真だけ取っておきました。
埼玉りそな銀行前のこの看板で左に曲がると桶川駅なのですが、
電車の時間も少しあったので、次回楽になるように、少し先の
桶川宿本陣跡まで歩いてみることにしました。
桶川宿本陣跡 中はどなたか住んでいらっしゃるみたいだったので
外からの写真だけにとどめておきました。何かしら残っているだけでも
ありがたいといえばありがたい。
というわけで、本陣から少しバックして、この日は桶川駅がゴールとなりました。
この日はなんやかんやと3万歩近く歩きましたが、途中休憩したこともあり、
左ひざの痛さもそれほどではなかったように思います。
中山道歩きも3回目。今回は蕨宿から浦和宿を抜けて、大宮宿までを歩きます。
まずは前回の終了地点「蕨宿本陣前交差点」まで移動し、北に向かいます
最初の見どころ(というほどでもないが)一六橋。なんでも、この辺に一と六のつく日に市が立ったのでこういう名前になったとのこと。この辺からさいたま市に入っていきます。
しばらく歩くと、「辻の一里塚」の跡が見えてきます。この旅では、一里塚を通ると4km歩いたんだと実感できるのが楽しみの一つでもあります。
私は青赤サポなので、敵地浦和をこんなにゆっくり歩くことはほとんどありません。しっかり地元に根付いていて、Jリーグファンとしてはうれしい限り
これから向かおうとする高崎まではまだまだかかります。
焼米坂 なんでも中山道を通る旅人たちに、名物の焼米(籾のまま米をいり、それをついて殻を除いた当時の携帯食)を売っている茶店があったので、この名前がついたのだそうです。思っていたより寒かったので、この坂を上り切ったところの衣料品店で、上着を1枚買ったのを覚えています。
浦和市内に入ってくると大きな神社が現れます。調神社とかいて「つきじんじゃ」(知らないと読めない)。なんでも伊勢神宮に奉納する調(租庸調の「調」…中学生以来かも)を集めたの由来とか。
七不思議があって、その一つが鳥居がないことなのだそうです。ここでお参りしておみくじを引きました「末吉」…
いよいよ敵地(いちいち言わなくてもいい)浦和市街に入ってきました。レッドボルテージ(レッズのグッズがたくさん売っている)もこの街道沿いにあったので冷やかしに見に行きました。
浦和宿の説明。すっかり開発されていて、宿場あったとはとても思えないですが、戦国時代に形成され、秀吉・家康により整備され・発展してきたとのこと
近くにあったお蕎麦屋さんで昼食をいただきます。
道を少し外れたところにある、浦和宿本陣跡。本陣1、脇本陣3、旅籠15があったそうですが、明治時代にすべての建物が取り払われてしまったのだそうです。
「一本杉の仇討ち跡」…幕末最後の仇討ちとされる現場
幕末の下総国沖合の船で口論となり、丸亀藩士に斬られた水戸藩士の息子が、仇討ちをしたのだそうです。
浦和を過ぎ、与野を通り過ぎますが、特に大きな見どころはなく、住んでいたら便利そうだなあと思う街並みがずっと続きます。
さいたま新都心に入る手前から、江戸時代には松並木がずっと続いていたそうなのですが、今ではすっかり切られてしまい(マツクイムシの被害なのだろうか?)こんなかわいそうな姿になっていました。
さいたま新都心を越えると、武蔵国一宮の「氷川神社」との分かれ道になります。朝から歩きっぱなしで結構足も痛かったので、ここでは通りすぎました。氷川神社はそのうち見に来るであろうサッカーの試合の時までお預け。
大宮市街地に入ると、ここもまた敵地(敵地ばかり)アルディージャのフラッグが並んでいて、ここは浦和じゃないんだぜ感が出ていて好感が持てました(笑)。とはいえ、これを書いている2025年には、アルディージャはレッドブルが経営を握ってしまい、アルディージャのロゴも変わってしまったようです。
大宮宿本陣は私が調べた感じでは、この居酒屋さんのあたりにあったそうなので、この日のゴールはここにしました。ここから大宮駅まで数分歩いて、今回の旅は終了としました。
22000歩近く歩き、左ひざが相当痛くなっていて、エアサロンパスでだましだまし歩き切った一日でした。





























