ちょうど1年前の4月、私はアメリカの砂漠地帯を歩いていた。
去年の4月27日、ニューヨークの国連本部で核拡散防止条約(NPT)の再検討会議が開催された。
その再検討会議にむけて、3月20日からカリフォルニア州、ネバダ州、アリゾナ州、ニューヨーク州で長い間核開発の犠牲になっている先住民の人々の土地を訪れ、共に祈りを捧げながら「核の平和利用など存在しない」という声を伝えるためのピースウォークがあって、これが私が初めて参加したピースウォーク。
実際に行くまで、ピースウォークってどんなものか、アメリカのどこを歩くのか、ちゃんと調べれば具体的な情報を得られたけど必要最低限知ろうとはせず、「どうにかなるやろ」といういつものなまけ精神と「何が待っちょるか分からん!」という未知の経験への好奇心、あとは出来るだけ軽く詰めたバックパックを背に、軽い気持ちでサンフランシスコに飛んだ。
私達が訪れた場所の一つ、アリゾナにあるビックマウンテン地区では1920年代から石炭採掘のために企業と政府から強制移住に追い込まれ、今でもそれを拒み続けながら、大地を守り、伝統を受け継いでいくために闘い続けている先住民族ディネの人々に会いに行った。
標識も何もない、たまに野生の馬が飛び出してくるようなワイルドな砂漠地帯で永遠とも思えるような距離を進んでいくとディネのエルダー達が住んでいる場所に着く。
水道も電気も通っていない、ただ小さなお家と羊の群れとたくさんの犬達がいて、そんな砂漠地帯のど真ん中で生きているエルダー達。
私達はそこで一泊させてもらった。
実はその日、私は体調が良くなくてエルダー達のところに着いてからも彼女達の話を聞けず、交流もせず、ほぼベッドで休憩させてもらっていた。
このまま、ここでの滞在が終わってしまう。そんな残念な気持ちのまま結局夜になった。
その晩、真夜中にふと目が覚めてトイレに行きたくなった私はそーっとベッドから降りて、暗闇の中、床の至る所で寝ている人達を踏んずけないように、懐中電灯を時々照らしながらやっとの思いで家を出た。
トイレは私の寝ていた建物からちょっと歩いた場所に建っていた。
外に出て夜風を吸って空を見ると目が悪い私でも見えるたくさんの星たち。
うわー、最高や。と空を見渡していると狼の遠吠えのようなものが色んな方角から聞こえてきて怖くなり、砂と所々に生えてる雑草に躓きそうになりながらトイレに走った。
そこのトイレはとても上手にできている手作りのボットン便所。
真っ暗なトイレから出ると目が慣れて歩きやすくなった。
歩きながら、暗闇の中でどこまでも続く広大な砂漠を感じてエルダー達のことを思った。
星は綺麗だし、自然を感じるし、動物もいるけど、なんか心細い。
エルダー達は淋しくないかな。
私はここに1日しかいないけど、彼女達は毎日ここにいる。
私が産まれるずっと前からここにいる。
でも私は今日まで彼女達の存在も、この土地も、こんなに綺麗で心細い砂漠の夜も知らないで生きてきた。
そんな私が今ここを歩いているって変な感じ。
そんなことを考えていると、犬がこっちに歩いてきているのが見えて私はまた怖くなって走った。
家のドアを静かに開けると、みんなの寝息が聞こえてきて安心した。
ただトイレに行って帰ってきただけの夜なんだけど、でも私にとっては忘れられない思い出の夜になった。
その時の日記に、
「彼女達はここで生き続けると決めた人たち。企業や国から弾圧され続けながら生きている、、、ここに来てよかった。彼女達に会えてよかった。私の見えなかった所で、知らなかった所で、こうして生きている人たちに会えてよかった。」と書いていた。
言葉では表せない気持ちがあって、そういう気持ちっていつまでも残っている。
砂漠地帯での行進は普段と何もかもが違った。
空を、土地を、風を、太陽を感じずにはいられなくて、
それがすごく気持ちいい瞬間もあれば、砂埃や強い日差しに強風や乾燥、いつまで歩いても変わらない景色に嫌気がさす時もある。
でもそういう時こそ、水があること、誰かと一緒にいられること、そういうことに感謝せずにはいられなくなる。
ウォーク後半、ニューヨーク州にある核廃棄物処理施設、 汚染された湖やインディアンポイント原発行った時には、
私達が普通に暮らすだけで誰かの生活が、自然が破壊されている。
それってどういうことなのか、私達が犠牲にしているものは何なのか。
それにもっと気づきたいし、知りたいと強く感じのを今でも覚えてる。
全てが終わって、帰りの飛行機の中で書いた日記に
「こんなにいいものになるなんて思わなかった。ピースウォーク。本当に来てよかった。生きててよかったとか、今が心地いいとか、そうやって思える瞬間がたくさんあった。でもこれからの日々で簡単に死にたいと思う瞬間もあるんだろうな。そんなもんかー。」って。
私は普段の日常で、こういうことしみじみ考えないし思わない。
あれから1年経った今、私は"普段の日常"を過ごしながらこれを書いてるけど、アメリカでの経験は今でも私の中で生き続けている。
グローバル化が進んで、私たちは世界のどこにいても、なにをしてても、何かしらの繋がりがあることが目に見えてわかるようになってきて、様々な社会問題も世界共通になっている。でも人々のお互いへの興味、関心は薄れているように思う。
私があっちこっちに飛んで行くのはそれに反抗するためなのかもしれない。
紙の上だけで関心を持ち続けるのは難しいけど実際にコネクションを作ることで自分のこととして考えられる。
私はそういうコネクションを大切にしながら生きていきたいし、これからも増やしていきたい。


