新卒で入社した会社で約6年働いた後
今の会社に転職したのですが
その間に少しお休み期間が出来たのでラオスへ行きました。
友人3人くらいが、会社を辞めた後ラオスを旅行していたので
なんとなく私も辞めたらラオスに行くのだと思っていて。笑
今までの旅行は同行者がいたけれど
海外ひとり旅は病気になってから初めてでした。
バンコク経由でラオスの首都ビエンチャンに到着したのは夕方。
雨が降っていて肌寒いなと思いながら
とりあえず1泊分予約していた宿へタクシーで向かいました。
旅行出発の前日に現地の天気を確認した際には
真夏の気温でしたが
なんと私が着いた日からビエンチャンは雨予報なうえに気温が下がり
それから数日はとても寒く、山間部では珍しく雪が確認されるという天候に・・・。
着替えは夏服しか持って行ってなかったので
日本を出発する時から着ていたフリースとレギンスで寒さを凌ぐ始末。
2、3日ビエンチャンで過ごしてからルアンパバーンへ移動と思ってましたが
到着翌日、幸い当日フライトが取れたので予定変更して
天気予報がくもりのルアンパバーンへ移動します。

国内線の待合所。何もない。

街全体が世界遺産に登録されているルアンパバーンはこじんまりしたところです。
欧米人旅行者が多かった印象でした。故にカフェがたくさんあります。
泊まるところも安宿からおしゃれなホテル・コテージまで色々。
私は寒いからゲストハウスのエアコン付きの部屋にしたのですが誤算でした。
東南アジアで流通するエアコンは暖房機能が無いらしく
クーラーしかつかないという。笑

その日の夜も着れるだけ着てブランケットにくるまって寝ました。
凍死するんじゃないかと本気で思った
それから2日間ほどは寒かったと記憶しています。
もともとルアンパバーンで何かする予定はなく
ゆっくりしようと決めていたのですが、あまりの寒さに心落ち着けず
歩いてお寺巡りしたり、足マッサージ受けたり、サウナへ行ったり
とにかく温まることにしました。
ラオスでは薬草を煮出して出た蒸気にあたる
「Herbal steam sauna(薬草サウナ)」なるものが伝統的な療法としてあります。
ローカルなところへ行きましたが
私のように寒さから逃げてきた外国人がたくさんいました。

東南アジアなのにダウン来てる人もいた。
泊まった宿の前の通りが朝市になっていました。

ハーブとかスパイスとか。

川で取れたナマズも魚も。

ナイトマーケットのテント。

乾季にできる橋。

どこかのお寺。

どこかのお寺の壁の模様。きれい。

どこかのお寺散歩していたら説法が始まった。
お寺たくさん行き過ぎて、あとで写真見返してもどれがどこなのかもはや分からず。

渡るの怖かった橋。



ネコ多かった。


鶏もよく歩いてた。


犬も。
あと、ルアンパバーンと言えば早朝の托鉢です。





早起きして見に行く価値あります。
そして、メコン川に沈む夕日。


毎日夕日スポット探し回りました。
眺めのいいところは人だかりが出来るので早めに陣取ります。

ルアンパバーンへきて3日目くらいになると
ようやく気温が上がってきて汗ばむくらいになったので
メコン川の対岸にも行ってみました。

小さい渡し舟で

川を渡ります。


最初こそお店やお寺などあったものの

だんだん道だけになってきて

牛とか出てきて


こんな眺めになったので引き返すことにし帰り道歩いてたところ
後ろから来た明らかに人数オーバーなトゥクトゥクのドライバーが乗れと言ってくれて
他の乗客のおばちゃんの膝にお尻半分座らせてもらいながら
船乗り場まで戻りました。
あとは地球の歩き方に載っていた機織りの里?的なところへも行ってみましたが
閑散としていて作業している人おらず。
クラフトショップみたいなところは確かありました。

帰りの道で見かけたFOR SALEやFOR RENTの物件の写真がやたら残っていたけど
このとき私はここに住もうと思ったのか?笑


やる気があれば郊外の映えスポット「クアンシーの滝」へ行ったり
象遣いのライセンスと取りに行ったりも出来たのですが
この時はあくまでもゆっくりする目的だったので行かず。
娘たちが小学生くらいになったら一緒に行けたらいいなと密かに思っています。
そして、ビエンチャンへ戻る。
こちらも暑くなっていた。



都会に来たって感覚になります。

凱旋門。フランスの植民地だったため。

タートルアン。私はビエンチャン唯一の観光地と思っています。。。
他にも見どころあったらごめんなさいビエンチャン。

ビエンチャンでもやはりメコン川に沈む夕日を見ちゃいます。


川沿い広場ではフードフェスやってたり

エアロビやってたり

ナイトマーケット開かれたり。
フードフェスで話しかけられた地元のおばちゃんによる
トランプ詐欺に遭いかけるという出来事もあったのですが
これは長くなるので別記事に残しておこうと思います。
ビエンチャンでもやはりすることなくなってくるので
バスに乗って国境も行きました。

車内。


途中にあったBeer Lao工場。

国境。
あとはビエンチャン中心部からは少し離れたところにあるCOPEへ。

ベトナム戦争時に北ベトナムの物資運搬ルートだったラオスは
アメリカ軍にたくさんの爆弾を落とされ多くの犠牲者が出ただけでなく
今でも当時の不発弾が爆発して誰かが被害に遭っています。
COPEは爆弾で足を失った人たちへ義足を提供する団体だそうで
ベトナム戦争の被害状況や支援内容が展示されていました。

クラスター爆弾。
私はベトナムではベトナム戦争証跡博物館に行って学んだつもりだったのに
恥ずかしながらベトナム戦争でラオスが受けた被害について
ラオスへ行くまでよく知らず。
タトゥー入れてハシシをやっているような
バックパッカーの欧米人から「ここ良かったよ!」って
教えてもらって行ったのですが、本当行って良かったです。
最後に、ラオスで食べたもの。


朝ごはんほぼ毎日これ!フランスパンがおいしい。


残ってるのこれだけ。
写真が全然なかったのは、京都一人旅のときのように
外食がさみしくて部屋でコンビニ飯したから・・・
ではなく、たいてい誰かと食べていて写真撮るの忘れたからです
ラオスではひとり旅やカップルで来ている人たちと会うことが多く
「じゃ、ご飯でも」みたいな流れになり、寂しくなくて寧ろ楽しかったです。

夕飯食べたノリで滋養強壮に効きそうなコレもショットで飲んだり楽しかったな。
特にルアンパバーンでは色んな国籍・年齢の人たちと話す機会がありましたが
中でも同じ宿でよく顔を合わせた世界一周中のモロッコ+スコットランド夫婦とは
ラオス含む東南アジアの後、日本へ来た際に再会して、
地元の少年たちとスラックラインで遊んでいたオーストラリア学生とたまたま居合わせた私、という形で知り合った彼とは
その後ビエンチャンでもスラックラインして
数年後、彼が日本に来た時に長女も一緒に再会して、
うれしい出会いがありました。

この旅行の前に
会社を辞める、付き合ってた人と別れるという出来事があったのですが
どちらも行動を起こすまで中々時間がかかって。
1型糖尿病という治らない持病がある身で現状に区切りをつけ
またゼロから始めることに対する怖さがありました。
しかし、旅行中に気持ちの整理をつけられたことは良かったなと。
そういう意味でもラオスは思い出深い場所です。
今の会社に転職したのですが
その間に少しお休み期間が出来たのでラオスへ行きました。
友人3人くらいが、会社を辞めた後ラオスを旅行していたので
なんとなく私も辞めたらラオスに行くのだと思っていて。笑
今までの旅行は同行者がいたけれど
海外ひとり旅は病気になってから初めてでした。
バンコク経由でラオスの首都ビエンチャンに到着したのは夕方。
雨が降っていて肌寒いなと思いながら
とりあえず1泊分予約していた宿へタクシーで向かいました。
旅行出発の前日に現地の天気を確認した際には
真夏の気温でしたが
なんと私が着いた日からビエンチャンは雨予報なうえに気温が下がり
それから数日はとても寒く、山間部では珍しく雪が確認されるという天候に・・・。
着替えは夏服しか持って行ってなかったので
日本を出発する時から着ていたフリースとレギンスで寒さを凌ぐ始末。
2、3日ビエンチャンで過ごしてからルアンパバーンへ移動と思ってましたが
到着翌日、幸い当日フライトが取れたので予定変更して
天気予報がくもりのルアンパバーンへ移動します。

国内線の待合所。何もない。

街全体が世界遺産に登録されているルアンパバーンはこじんまりしたところです。
欧米人旅行者が多かった印象でした。故にカフェがたくさんあります。
泊まるところも安宿からおしゃれなホテル・コテージまで色々。
私は寒いからゲストハウスのエアコン付きの部屋にしたのですが誤算でした。
東南アジアで流通するエアコンは暖房機能が無いらしく
クーラーしかつかないという。笑

その日の夜も着れるだけ着てブランケットにくるまって寝ました。
凍死するんじゃないかと本気で思った
それから2日間ほどは寒かったと記憶しています。
もともとルアンパバーンで何かする予定はなく
ゆっくりしようと決めていたのですが、あまりの寒さに心落ち着けず
歩いてお寺巡りしたり、足マッサージ受けたり、サウナへ行ったり
とにかく温まることにしました。
ラオスでは薬草を煮出して出た蒸気にあたる
「Herbal steam sauna(薬草サウナ)」なるものが伝統的な療法としてあります。
ローカルなところへ行きましたが
私のように寒さから逃げてきた外国人がたくさんいました。

東南アジアなのにダウン来てる人もいた。
泊まった宿の前の通りが朝市になっていました。

ハーブとかスパイスとか。

川で取れたナマズも魚も。

ナイトマーケットのテント。

乾季にできる橋。

どこかのお寺。

どこかのお寺の壁の模様。きれい。

どこかのお寺散歩していたら説法が始まった。
お寺たくさん行き過ぎて、あとで写真見返してもどれがどこなのかもはや分からず。

渡るの怖かった橋。



ネコ多かった。


鶏もよく歩いてた。


犬も。
あと、ルアンパバーンと言えば早朝の托鉢です。





早起きして見に行く価値あります。
そして、メコン川に沈む夕日。


毎日夕日スポット探し回りました。
眺めのいいところは人だかりが出来るので早めに陣取ります。

ルアンパバーンへきて3日目くらいになると
ようやく気温が上がってきて汗ばむくらいになったので
メコン川の対岸にも行ってみました。

小さい渡し舟で

川を渡ります。


最初こそお店やお寺などあったものの

だんだん道だけになってきて

牛とか出てきて


こんな眺めになったので引き返すことにし帰り道歩いてたところ
後ろから来た明らかに人数オーバーなトゥクトゥクのドライバーが乗れと言ってくれて
他の乗客のおばちゃんの膝にお尻半分座らせてもらいながら
船乗り場まで戻りました。
あとは地球の歩き方に載っていた機織りの里?的なところへも行ってみましたが
閑散としていて作業している人おらず。
クラフトショップみたいなところは確かありました。

帰りの道で見かけたFOR SALEやFOR RENTの物件の写真がやたら残っていたけど
このとき私はここに住もうと思ったのか?笑


やる気があれば郊外の映えスポット「クアンシーの滝」へ行ったり
象遣いのライセンスと取りに行ったりも出来たのですが
この時はあくまでもゆっくりする目的だったので行かず。
娘たちが小学生くらいになったら一緒に行けたらいいなと密かに思っています。
そして、ビエンチャンへ戻る。
こちらも暑くなっていた。



都会に来たって感覚になります。

凱旋門。フランスの植民地だったため。

タートルアン。私はビエンチャン唯一の観光地と思っています。。。
他にも見どころあったらごめんなさいビエンチャン。

ビエンチャンでもやはりメコン川に沈む夕日を見ちゃいます。


川沿い広場ではフードフェスやってたり

エアロビやってたり

ナイトマーケット開かれたり。
フードフェスで話しかけられた地元のおばちゃんによる
トランプ詐欺に遭いかけるという出来事もあったのですが
これは長くなるので別記事に残しておこうと思います。
ビエンチャンでもやはりすることなくなってくるので
バスに乗って国境も行きました。

車内。


途中にあったBeer Lao工場。

国境。
あとはビエンチャン中心部からは少し離れたところにあるCOPEへ。

ベトナム戦争時に北ベトナムの物資運搬ルートだったラオスは
アメリカ軍にたくさんの爆弾を落とされ多くの犠牲者が出ただけでなく
今でも当時の不発弾が爆発して誰かが被害に遭っています。
COPEは爆弾で足を失った人たちへ義足を提供する団体だそうで
ベトナム戦争の被害状況や支援内容が展示されていました。

クラスター爆弾。
私はベトナムではベトナム戦争証跡博物館に行って学んだつもりだったのに
恥ずかしながらベトナム戦争でラオスが受けた被害について
ラオスへ行くまでよく知らず。
タトゥー入れてハシシをやっているような
バックパッカーの欧米人から「ここ良かったよ!」って
教えてもらって行ったのですが、本当行って良かったです。
最後に、ラオスで食べたもの。


朝ごはんほぼ毎日これ!フランスパンがおいしい。


残ってるのこれだけ。
写真が全然なかったのは、京都一人旅のときのように
外食がさみしくて部屋でコンビニ飯したから・・・
ではなく、たいてい誰かと食べていて写真撮るの忘れたからです
ラオスではひとり旅やカップルで来ている人たちと会うことが多く
「じゃ、ご飯でも」みたいな流れになり、寂しくなくて寧ろ楽しかったです。

夕飯食べたノリで滋養強壮に効きそうなコレもショットで飲んだり楽しかったな。
特にルアンパバーンでは色んな国籍・年齢の人たちと話す機会がありましたが
中でも同じ宿でよく顔を合わせた世界一周中のモロッコ+スコットランド夫婦とは
ラオス含む東南アジアの後、日本へ来た際に再会して、
地元の少年たちとスラックラインで遊んでいたオーストラリア学生とたまたま居合わせた私、という形で知り合った彼とは
その後ビエンチャンでもスラックラインして
数年後、彼が日本に来た時に長女も一緒に再会して、
うれしい出会いがありました。

この旅行の前に
会社を辞める、付き合ってた人と別れるという出来事があったのですが
どちらも行動を起こすまで中々時間がかかって。
1型糖尿病という治らない持病がある身で現状に区切りをつけ
またゼロから始めることに対する怖さがありました。
しかし、旅行中に気持ちの整理をつけられたことは良かったなと。
そういう意味でもラオスは思い出深い場所です。
