村の夏まつり体験記
『檜原の花火がヤバいらしい』
そんな情報を聞きつけたので、
夕方から檜原に向かった。
あちらこちらの花火大会もそろそろ終焉ですね。
今年のカーニバルは中止、
七夕は花火を打ち上げないし、
独立記念日にウチの前で見た基地の花火だけで、
今年は縁がなかった。
でも、特別重要視してる事でもないし、
ま、見れたら見れたでいいもんかなと。
今回タイミングがあったもんだから、
その『凄い檜原の花火』を見に出掛けたのです。
東京唯一の村、檜原。
最寄駅と呼ぶには遠すぎる武蔵五日市駅、
その前の道を山方面へずんずんと進んでいく。
とにかくどんどんと登っていく。(車です)
やがて、右手に郵便局と村役場が見えてくると、
道はドンつきで左右に道が分かれる。
左に曲がると奥多摩周遊道路へ、
右に曲がると村にたった一つの小学校と中学校がある。
そこの校庭が目的地。
山あいに佇む二つの学校。
学校以外、周りは山しかない。
もうこのロケーションだけで凄いの一言。
校庭の駐車場に止めるのに、
更に急斜面の坂を駆け上る。
一つの校庭が駐車場で、
もう一つの校庭がお祭り会場に。
花火はお祭りの締めで打ち上がるらしい。
車を止めて、隣の会場へ歩いた。
こじんまりとした校庭に、
出店のテントとステージの舞台。
寂しくもなく混雑でもなく程よい人出。
去年の来場者数は6000人。
会場の規模を考えれば、
決して少ない人数じゃないな。
そしてバックの景色は、
今にも飲み込まれそうな距離感の山々。
昇降口の前にシートとチェアをセッティングし、
花火に備えてエリアを陣取る。
日暮れ前だからなのか、
まだ誰も席を陣取っている人はいない。
村の生活や時間みたいなもんが、
こんな部分でも垣間見れた気がする。
もしかしたら、セカセカと陣取りなんかしちゃいけないのかも。
郷に入りてはナントカってやつか?
そんなことを考えながら、
出店の物色開始。
巻き割り体験、ヤマメ焼き、鹿汁?・・・
檜原ならではのラインナップ。
ジャガイモが特産なのか、
ジャガバーガーの店に人が群がっていた。
バンズがマッシュ状のジャガイモで、
具は焼き豚とコールスローサラダ。
コレがまた絶品。
追加で買おうとするも生産が間に合わず、
予約注文になるほど繁盛していた。
山に囲まれた学校の敷地で、
セミの大合唱がBGMとなり、
マッタリと、兎に角ゆる~い雰囲気なお祭り。
自分の小学生の夏休みにタイムスリップしたような、
その時代を夢見ている感覚に陥り、
何故か懐かしい気分になった。
エアコンなんかない子供の頃、
朝早くに起きて河川敷の雑木林にクワガタ探しに出掛け、
帰ってきては扇風機だけがガンガン回っていて、
顔を押し当てフルパワーの風で涼み、
象印のかき氷機でかき氷を作ってもらい、
明治屋のイチゴやメロンのシロップをかけて食う。
砂糖入りの甘い麦茶を飲み、
テレビをつければ高校野球がやっていて、
コレが終わると夏休みもそろそろ終わりか・・・
みたいな感じで子供心にせつなくなったもんだ。
花火に備えて席を陣取る人がポツリポツリと出てくると、
『ビールいかがっすかぁ~!』
野球場の売り子ギャルみたいな人が現れ、
ビールのデリバリーまで登場した。
『どこまで気持ちええね~ん!』
そう呟かずにはいられませんです。
日が落ち始め、いよいよメインイベントの花火開始。
その頃になると、どこからともなく人が集まりだし、
席を陣取る人も増え始める。
さぁ~、始まり始まり。
時間にして、30分という短い花火。
時間なんて関係ない、
正に圧巻だった。
発数は確かに少ない。
でも、多けりゃいいってもんじゃない。
それを見事に証明してくれた。
目の前に迫る山々。
その隙間をぬうようにして打ち上がる花火。
音と大きさ、ハンパなかった。
何がハンパないかって、
兎に角近い!
接近戦なのだ。
そして、花火を遮るモノが何もない。
人の群れ、建物、電線等々・・・
全て皆無。
ホント、映画のワンシーンでも見てるよう。
もう臨場感マックスだ。
その近さを物語っていたのが、
打ち上げる度に出る火薬の煙と匂いが会場内に舞っていた。
『なに?コレ?ウチで花火やってんの?』
笑っちゃう位充満してたのはご愛嬌。
『もう終わり?』
って周りをキョロキョロしちゃうまでに、
ゆる~く始まりゆる~く終わった花火。
帰りがけにステージに立ち寄った。
この地に嫁いだ同級生が、
フラダンスで出場するようだ。
見ないで帰る訳にはいきませんね。
最前列をこれまた陣取り、出てくるのを待つ。
そして、おばさま達に紛れて登場した彼女。
観客席にいるコッチの存在に気付くと、
照れてるような笑顔を振りまきながら、
楽しそうに踊っていた。
古き良き福生とクルマ
1973年の福生駅東口。
ちょうどこの頃、僕は福生に越してきた。
開店した当時の、
福生のデパート『西友』
10年位前に建て直されたので、
今見るとこの佇まいは懐かしい。
写真左手、スケルトン状の一階手前のテナントに、
『ダンキンドーナツ』が入っていた。
アメリカ本土ではドーナツショップ最大手である。
でも、潰れた。
日本から撤退したのだ。
で、同じ場所には現在『ミスタードーナツ』があります。
これは単なる偶然だろうか?
地元民なのに『福生に行く!』
というセリフを頻繁に使い、
西友がある駅前に行く事を指していた。
たまに奥さんが自分の旦那さんの事を、
苗字で紹介したり(呼んだり)するのと一緒の現象であります。
『アンタもやないかい!!』
っていうね。





