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「山口晶」及び「慕夜記」の本ページは、

こちらになります。→http://www.yamaguchi-sho.com

「山口晶」及び「慕夜記」を検索してここに辿り着いた方にはお手数ですが、そちらへお越し下さいますよう、お願い申し上げます。


山口晶
パーマネンツを施して以下の通りです。

パーマネンツ01

相変わらずの遊び写真ですね。

適度に反応は返ってきます。
適度な反応です。

僕の気持ちは以下の通りです。

パーマネンツ02

ご清聴、有り難うございました。
午前中は、録音したい曲が何曲かあったのでやろうとしたんですが、
マンションの外壁工事の音で何ともなりません。
日中、あまり家にいる事が少ないので気付かなかったのですが、
外壁に塗られている防水ワックスか何か、
塗料の匂いがキッチンに充満していて、
そこにいると結構酔います。
以前、ポストに投函されていた工事の工程表を探し出して見ると、
10月末までこの工事は続くようです。
僕は仕事の気分を削がれた上に、部屋の意外な居心地の悪さに、
すっかり苦り切ってしまいました。


諦めて外に出たのですが、
さすがに短パンで外を歩くと、
スネに遊んでいく風が冷たいですね。
おまけに上着を長袖一枚で出掛けたので、
スースーして肌身にこたえました。
ちょっと調子に乗り過ぎですね、
自分の過保護なまでの寒がり具合を、
何とかして克服しようと強がり過ぎました。
季節の変わり目、
なるほど、風邪には御用心です。


「長ズボンに屈する時期が迫って来たかもしれない」
寒さに身を縮めながら歩いていると、早くも弱気です。
そこで目に入った服屋に思わず立ち寄ってしまいました。
買う気はあんまりなかったんだけど。


そこで何本かの長ズボンを見て、
良さそうだなと思った2本を試してみる事にしました。
久し振りのズボン試着です。
僕が試着室に入るまでは店内にあまり客はいなかったんだけど、
試着室のカーテンを閉めると、
僕の試着室の前辺りのコーナーが客で賑わい出して、
ワイワイ聞こえ出しました。
そんな中、カーテン一枚を隔てて、
僕は長袖の下、パンツ一丁に短い靴下という姿でセクシーダイナマイツ。
何だか急に気恥ずかしくなりました。
別に試着室だから、気にしなきゃいいんですが、
こういう雰囲気が苦手で(たぶん理解してもらえないんだろうなぁ)
試着室で試着しても、いつもその気恥ずかしさで、
似合っているかどうかや、サイズ、直しなどの確認はどうでもよくなって、
そそくさと脱いで出て来てしまいます。
自分でも嫌な自意識過剰です。
試着室の外で待っていた店員さんは試着していない僕が出てくるので、
「ありゃ?」という顔をします。


今日は冷やかしだけのつもりで買う気はなかったからいいんたけど、
矢っ張り、何の為にわざわざ試着したのか不得要領のまま店を出たんです。
僕は冷たい外気に、またスネを晒したという事です。


自分ではスッカリ忘れていた苦手ポイントで、
どうしても身体が勝手に焦ってしまうのですが、
これも一つの克服対称かな。
そんな自意識は持ちたくないよな、矢っ張り…。

冷たい雨よりも、低気圧が気になります。
低気圧のお陰で、僕の肺と首と肩は窮屈に凝っています。
軽くしたいのですが、どうも軽くならない、
「何だろ、何だろ」
とコキコキ、首を回し、肩を回し考えてみると、
原因は低気圧だけじゃないような気がしました。


首や肩が凝るのは、単純に頭が重いからなんだよな。
そして、何で頭が重いかと言えば、
そんだけ中身が詰まっているからなんだよな。
今、さり気なく空っぽじゃあないって事をアピールしたけど、
だからと言って、頭がいいという事でもないんだな。
僕の頭は、ここ2、3ヶ月間に入ってきた情報で一杯になっているという事です。


僕の頭の容量は人よりも極端に少ない為、
すぐに一杯になってしまうわけです。
そして、頭が記憶で一杯になると頭の動作が鈍くなります。
何かを考えていても、
集中力がなく、ぼうっと他事に飛んでいってしまったり、
考える事自体をやめてしまったり、
考える事が負担になってしまったり、
思い出せない事が増えたり、
色んな出来事に対応し切れず、ついつい苛立ってしまったり、
つまり、煮詰まった状態というんでしょうか。
悩むとは違うんです。
悩んだり落ち込んだりするのは心の問題ですが、
煮詰まるというのは身体の問題です。
早く外部の記憶媒体に情報を移してやらないと、
物事の処理速度が上がらないし、新しいものが入ってこないんです。


人間が使える外部の記憶媒体って、
文章であったり、写真であったり、唄であったり、絵であります。
想いを込めてこれらの記憶媒体に書き込み、保存すると、
今の自分を消化できると思います。
煮詰まった時は、
一回、頭を空っぽにしなくちゃいけないなと感じます。
今の僕は、そんな時期に差し掛かっているかなと思います。
年末まであと3ヶ月、
ここいらで頭を空っぽにしておけば持つかな。
そしたら頭が軽くなって、
肩凝りや首の凝りも軽減するでしょう。
僕の急務です。


写真立ての使い道


思い出が増えたら、
頭が重~い。
思い出が沢山あるのなら、
そのうちの一つをこの写真立てに入れ、
頭を軽くしよう。
頭が軽くなったなら、
この肩凝りも治るんだ。
そして、肩凝りが治れば、
仲良い友達と沢山話せるようになるんだ。
そして、仲良い友達が増えれば、
思い出がまた増えるんだ。
そして、思い出が沢山増えたら、
また頭が重くなるんだ。
そして、頭が重くなったなら…、
これが思い出環状線を走る電車。
沢山の思い出を巡回して行きます。
今日はどの駅で降りよっか?

今朝、半袖を着て外に出ると、
出た瞬間、寒がりメーターの針が『danger !! 』まで振り切ったので、
慌てて引き返し、長袖に着替えて出直しました。
大正解でした。
寒いもんですね、9月の終わりって。
天気予報も何も見てはいなかったけど、
極度の寒がり、過保護な厚着人間である僕には、
ピンと来るものがありました。


土曜の電車は適度に空いているものですが、
その中でも場違いに焦っている人はいるものです。
休日でも急ぐ人は急ぐ。
電車のドアがプシューと閉まり、
あと20cmくらいのところまで閉まって、気持ちは走り出す方向に向かいつつある時、
突然、ガンッと両手とバッグをねじ込んだ女性がいました。
見れば、今時の“できる女”風の子で、歳の頃なら25、6歳かな。
「むっ、無茶な…」
居眠り掛けてた僕もビックリです。
矢張り、できる女は休日も時間に追われているのでしょうか。


おおよそ、そういった場合、
電車は気を遣って、ドアを早々に開けるものなんですが、
今日のドアは、できる女の両手首とバッグを締め上げるばかりで、
10秒くらいは知らんぷりしてました。
たった10秒とは言え、
過酷な10秒です。
彼女には100年の恋よりも長く感じた事でしょう。
彼女は自分の両手とバッグを引き抜こうとするのですが、
電車のドアはあなどれません、
引き抜けないもんです。
彼女は電車の外で苦笑いしながら踏ん張り、
電車の中では彼女の両手首だけがジタバタしていました。
僕は少し離れた座席で座っていたのですが、
ドアの近くに立っていた人が慌てて助けようとするのですが、
彼女のジタバタした手とバッグを押し返そうとする人もいれば、
ドアを開けようとする人もあり、
優しい心遣いだけど、心が一つになってない救助でした。


結局、ドアはまたプシューと開いて、
彼女は無事に乗り込んだのですが、
乗り込む方が地獄だったでしょう。
適度に空いている電車の中ではあまりにも目立つ事件だったのです。
かと言って、ここまで大騒ぎにしといて、
乗らない訳にもいかないですし、
幾らクールなできる女風の子とは言え、
いたい気な女の子には変わりありません。
人の注目に晒された電車に乗るというのは、
酷な決断だったと思います。
彼女が乗り込んで、ドアが何事もなく閉まると、すかさず、
「無理なご乗車はおやめ下さい」
と車掌さんのアナウンス。
追い打ちだぜ、抜け目ないぜ。
更に僕の近くにいた女子高生が、
「そんなに乗りたいか」
と呟きました。
人間って容赦ない生き物なんですね。
そのできる女風の子はよく耐え抜きました。
こうしてできる女は失敗に鍛えられ、
よりクール度に磨きを掛けていくんだなと感心しました。
ただちょっと、僕は気恥ずかしくなりましたけど…。


時間に追われている世の中のできる女風の諸姉には、
胸を張って、力強く男社会を淘汰していって頂きたい。
ただしかし、
くれぐれも無理なねじ込み乗車だけはお控え頂きたい。
貴女をクールで処世にたけた人だと、
そんな淡い夢を抱いている男を気恥ずかしくさせてしまう事があります。
あしからず。

今朝、までグダグダ仕事を悩み、
力尽きて眠ろうかと思い、
仕上げの慕夜記を書く。
何度もキーボードの打ち間違いという困難を乗り越え、
やっとの思いで書き上げ、
ホームページにアップしようとしたら、
何故かアクセスが出来なくて、
焦りました。


細かいテクニカルな事は判りませんが、
これが世に言う『サーバがダウンする』という事なのか、
と思い、そく事務所の方にメールを入れたのですが、
何しろ早朝なので、眠っていらっしゃる。


考えてみると、僕はいつもこの慕夜記を直接書き込むので、
毎日の原稿を保存していないんですね。
つまりホームページがダウンしてデータを喪失してしまったら、
どこにもバックアップがなく、
300夜の文章は、取り戻しようがない状態なんです。
と、いう事に気が付いて、
ここまで、毎晩書いた努力がITの藻クズに消えたかと思い、
さすがにやり切れない思いで、
朝も早よから、勝手に落ち込んでいました。
パソコンに依存した生活でもありますので、
こんな事が起こるという事も認識していなくちゃいけないんだけどね。
万事、面倒臭がりなので、いけませんね。


結局、9時を過ぎて連絡が入り、
どこのパソコンでも問題がなくホームページにはアクセスできていて、
問題はむしろ僕の家のインターネッツの状態にあると判明したそうです。
まぁ、僕は落ち込んでいた割にはスッカリ眠り込んでしまっていて、
その連絡に気が付いたのも11時過ぎだったのですが…。
危機管理能力はゼロに等しいですね。
一国を担う宰相には到底なれないです。


でも、確かに僕の家ではアクセスできなかったんですよ、
他のページは気持ちよくつながって表示されるのに、
僕のホームページだけはちっともつながらなかったんです。
僕の家のパソコンが僕のホームページだけを拒否したなんて、
悲し過ぎますね。
細かいテクニカルな理由は判りませんが、
こうしたセキュリティーのクライシスに備えて、
セーフティーネットは考えておかないと駄目だなと痛感しました。


結局、もう一度パソコンを立ち上げて、
ホームページを開いてみたら、
気持ちよくつながって表示されたんです。
そして、再度慕夜記のアップを試みたら、
これも気持ちよくつながってアップされたんです。
一体、早朝の僕のインターネッツ環境に何が起こっていたんでしょうか。
細かいテクニカルな事はわかりませんが、
プロバイダーに僕がドットコムし過ぎて、アカウントがカウントされず、
慕夜記がエクスポート気味にキャッシュを残し、
コンテンツのクッキーとキッシュをお茶請けに、
スレッドにレスしていたみたいな問題が発生していたそうです。
普段身近に使っている割にはよく判らない世界ですね。


慕夜記の文章だけは、どこかにちゃんと保存しておこうと思うのですが、
こんだけ文章が増えると、
それを一つ一つ、保存するのも大変です。
今夜からは、毎日の慕夜記更新と共に、
毎日一つずつ保存していこうと思います。

久し振りにギブソンのJ-45をケースから取り出し、
ホコリを拭き取って弾いてみる。
最近、ずっとハート・ギターを弾いてばっかりだったから、
久し振りのj-45は太鼓のような低音が響いて、
結構、驚いた。
このギターは1956年製だから、
本当に多くのプレイヤーの手を経由して、
今、東京は僕ん家にいる。
それだけの臭みを感じさせる音が、
今夜は耳に心地よい。


ずっと前、僕が東京に出たての頃、
このギターを持って、千葉の友達の家に遊びに行った事がある。
ギターも古いけど、このギターに附いてきたケースも骨董品と言ってよかった。
それを担いで、電車に乗って、
ウツラウツラ居眠りをしていると、
僕の隣にはお婆さんが座っていて、
興味深げに僕とギターを見ていた。


お婆さんは、
「これギターでしょ?」
と僕に声を掛けて来た。
「えぇ、そうですよ」
そう答えると、お婆さんは堰を切ったように思い出話を僕にしてくれた。
「私はね、弦楽器がとっても好きなの。
 私はね、茨城の農家に生まれたんだけど、
 小さい頃から心臓が悪くて、病弱だったの。
 農家だからね、そんなんじゃ仕事ができないでしょ、
 だから、私は穀潰しみたい扱いを受けてたのよ。
 みんなが働いてるのを私は畦道に座って眺めている事しか出来なかったの。
 とっても寂しくてねぇ。
 でもね、家に帰って夕飯が終わると、
 私の父がね、私を膝の上に乗せてね、
 バイオリンを弾いてくれたのよ。
 その時だけは、私は父の優しさに甘える事ができたのよ。
 その時だけは、寂しさを忘れる事が出来たの、
 父だけは私に優しかったのよ。
 でもね、父は早くに亡くなってしまってね、
 私も働けないものだから、
 すぐに嫁に出されてしまってね。
 あの時のバイオリンの音が忘れられなくって、
 だから、弦の音が好きなの。
 で、今日はね病院の帰りにね、
 あなたが立派な楽器を持っていらっしゃるから、
 思わず近付いてね、声を掛けてみたのよ」


そして、お婆ちゃんは、
僕にギターを弾いてくれないかと頼んできた。
ちょうど僕の下りる駅は、お婆ちゃんの家の隣の駅だったから、
僕はその頼みを受け、友達の家までお婆ちゃんを連れていく事にした。


駅に着いたら、友達に電話を掛ける、
「あのね、今、電車の中で知り合った女の子がおるから、一緒に連れて行くわ」
友達は快諾してくれた。
で、お婆ちゃんと友達の玄関を開けた時、
友達が大笑いしてくれたのが嬉しかった。


で、友達の部屋でお婆ちゃんは正座して、
友達が出すお茶には丁寧に三つ指をついてお礼を言っていた。
僕はその当時、東京に出て来て、東京という街に戸惑っている時期だったから、
暗い唄ばっかり作っていた。
その中でも、より暗い曲を何故かお婆ちゃんに披露したのだけど、
お婆ちゃんは、
ギターを聞き、
唄を聞き、
お父さんのバイオリンを思い出していたのか、
ずっと目を閉じて聞き入っていた。


僕が唄い終わると、お婆ちゃんは目を開け、
すうっと細い手を重ねて床に滑らせて、
頭を下げた。
「結構な唄を、本当に有り難うございました」
誰も見向きもしなかった唄を、
初めて認めてくれたのがこのお婆ちゃんだった。


その後、唄の話しになり、
お婆ちゃんは『カンイチ、オミヤの唄が好き』だというような話をしていた。
やがて、お婆ちゃんは帰る事になり、
友達がタクシーを呼んでくれた。
お婆ちゃんはまた三つ指をつき、
「結構なお茶を、どうも有り難うございました」
と友達にも丁寧なお礼をした。
その姿は、目に焼き付いて忘れる事ができない。


その後、僕はお婆ちゃんに手紙を書いた。
或る日、家に帰って来ると、
お婆ちゃんからの留守電にメッセージが残っていた。
僕は嬉しくて、
その留守電のメッセージをMDに録音して、
今も保存してある。


お婆ちゃんの名前はサカモト キヨコちゃん。
このJ-45を弾いていると、
思い出す名前だ。

頬杖ついて、メモ紙に落書きをする子、
ノートの隅っこに想いの詰まった言葉を託す子、
国道沿いのにぎわしい道で鼻歌を唄う子、
文化祭の出し物で、演劇に参加したおとなしい子、
ギターを持って、同じフレーズばかりを狂ったように弾く子、
手紙を書く子、
みんな、どっかしらに自分を演出し表現する本能を持っている。
それは、素の自分とは違った、
表現した自分。
嘘とは違う、嘘なんかより優しい自分、
夢と言ったら近いのかな。


そうして夜は更け、僕は酒を呑んで家路にいた。
一日を終わらせるには、
何となくやり切れない気分。
足下を右へ左へ動かしながら、
車道の中央の赤線の上を歩く。
その赤線の上にいられない。
フラッフラの千鳥足では、
三歩目で赤線から外れてしまう。
どうせまっすぐ歩けないのなら、
いっそ思いっ切り寄り道をして、
家から遠ざかればいい。
寄り道でもしなくちゃ、
今日一日を終わらせれない。
腹に二つ三つの想いを抱えちゃ、
家のベッドに安らぎはない。
だから、僕なりの表現をするのだ、
今日の表現を。
それが僕にとって寄り道って事だろう。


それは例えば、
公園に青く茂った桜の木の下。
それは例えば、
誰も来ないコンビニの店員との会話。
それは例えば、
昔通った店の跡地。
それは例えば、
ファミレスのドリンクバー。


僕の想いはそこら辺に寄り道して、
その本音を表現して行く。


僕というダイナマイトは、
導火線がやたらと長くて、
なかなか爆発しない。
みんながこのダイナマイトは不良品だと見向きもしなくなる頃、
僕の火種はとうとう芯管の火薬に引火して、
爆発を起こす。


一日が終わって、一人の時間が来る。
そろそろ明日の事でも考えよっかと思い始める時に、
僕のダイナマイトは大爆発したりする。


それは結局、一人になってから起きる事だから、
僕の大爆発が人目につく事はない。


でも、そんな地味な想いじゃないから、
放っておけない爆発が、稀に起きたから、
だからして、僕は理由のない場所におもむき、
寄り道をしながら、
僕の本音を表現する。


そうして表現を繰り返すうちに、
余分な力がなくなって来る朝。
曇り空、しっとり濡れた風。
夏から秋に変わった事を実感する。
季節の変わり目は、昼間より朝、深夜の方が感じやすい。
これも太陽が持つ、何かの表現なんだろうか。

最近、近所のコンビニの自動ドアーは、
店から出る時の反応が鈍く、
会計を済ませて、意気揚々と店を出ようとすると、
危うく激突しそうになります。
結構、みんな危ない目に遭ってるんじゃないのかなぁ。
男が一度、外へ出ると、思わぬ危険が一杯です。
今年はとっても暑い夏だったし、
コンビニの中は空調が異常に冷やしている訳で、
その境目で働いていたあの自動ドアーは、
夏バテでも起こしたんでしょう。


話しは、うんと変わりますが、
ちょっとした思い付きで、来月は北海道に出掛けて来ようと思っています。
19日から21日までの3日間。
ギター1本ぶら下げて、
札幌に旅して来ます。


何故、行くかと言うと、
勿論、唄いに行くんですが。
唄うと言っても、北海道だけに道場破り気分というか、
北海道の友達の案内に従って、
ライブバーを転戦してみたいなと思い立った訳です。
唄い、呑み、唄い、呑みで、
身体が潰れるまで、唄って、呑んで、唄って、呑んで、
北海道の音楽好きエネルギーに、
ストレンジャーな僕が、身一つでどこまで通用するか戦ってみたいなと思います。
ライブだのツアーだのというようなものではなく、
もっと泥臭い、体力勝負の3日間で、
北海道のミュージシャンと交流してこようと思っています。
北海道は久し振りだし、何しろ楽しみです。
ただ、寒さにはとことん弱い質なので、
10月の北海道、心して、厚着して挑んで来ようと思います。


何となくそんな思い付きに乗ってくれた友達に感謝です。
そんな思い付きに尽力してくれる友達がいて幸せです。
3日間は、そいつの実家に泊めて頂く事になりましたので、
粗相のないよう、大人のマナーを今から勉強しておこうと思います。

人生のプロローグはスッカラカンじゃないといけない。
じゃないと、人が見ても面白くない生き方になるから。
スッカラカンの人生を如何に無駄なく過ごせるかが、
その人のアイデンティティーになると思う。
今日は六十で独身のオジサンと知り合ったけど、
尊敬すべきスッカラカン度を持っている。
僕自身はいずれ結婚はしたいなと思うけれど、
そんなオジサンの処世術を聞く度、
如何に自分が同質の考えを持っているのかが判る。
そんな人に会う度に、
「お前は生涯、一人で生きるんだ」
と勇気づけられてるような気がする。


スッカラカンで生きて来たオジサンは強い。
「お前はモテるだろう」
なんて言いながら、
そのオッサンはモテる事に一切興味がない。


僕はそれなりに男として生きて来たけど、
自分にッスッカラカン感を持てるようになったのはごく最近だ。



物理的なものは揃う、
ただ、人のつながりは昨日、今日で確立するもんじゃない。
人との出会いを、明日へと、来年へとつなげていくもので、
こんな僕でも、明日を見せてくれる友達がいる事は、
今まで、判らないなりに我流で生きて来た方向が間違っていないんだなと安心する。


僕の人生は、この歳でやっとスッカラカンになり、
この歳で、やっと面白みを増して来た、。


兎に角、行けるだけは、
兎に角、行けるだけは、
スッカラカンの人生を歩んで行くのが、
僕の本当の魅力になっていくいものと思う。