久し振りにギブソンのJ-45をケースから取り出し、
ホコリを拭き取って弾いてみる。
最近、ずっとハート・ギターを弾いてばっかりだったから、
久し振りのj-45は太鼓のような低音が響いて、
結構、驚いた。
このギターは1956年製だから、
本当に多くのプレイヤーの手を経由して、
今、東京は僕ん家にいる。
それだけの臭みを感じさせる音が、
今夜は耳に心地よい。
ずっと前、僕が東京に出たての頃、
このギターを持って、千葉の友達の家に遊びに行った事がある。
ギターも古いけど、このギターに附いてきたケースも骨董品と言ってよかった。
それを担いで、電車に乗って、
ウツラウツラ居眠りをしていると、
僕の隣にはお婆さんが座っていて、
興味深げに僕とギターを見ていた。
お婆さんは、
「これギターでしょ?」
と僕に声を掛けて来た。
「えぇ、そうですよ」
そう答えると、お婆さんは堰を切ったように思い出話を僕にしてくれた。
「私はね、弦楽器がとっても好きなの。
私はね、茨城の農家に生まれたんだけど、
小さい頃から心臓が悪くて、病弱だったの。
農家だからね、そんなんじゃ仕事ができないでしょ、
だから、私は穀潰しみたい扱いを受けてたのよ。
みんなが働いてるのを私は畦道に座って眺めている事しか出来なかったの。
とっても寂しくてねぇ。
でもね、家に帰って夕飯が終わると、
私の父がね、私を膝の上に乗せてね、
バイオリンを弾いてくれたのよ。
その時だけは、私は父の優しさに甘える事ができたのよ。
その時だけは、寂しさを忘れる事が出来たの、
父だけは私に優しかったのよ。
でもね、父は早くに亡くなってしまってね、
私も働けないものだから、
すぐに嫁に出されてしまってね。
あの時のバイオリンの音が忘れられなくって、
だから、弦の音が好きなの。
で、今日はね病院の帰りにね、
あなたが立派な楽器を持っていらっしゃるから、
思わず近付いてね、声を掛けてみたのよ」
そして、お婆ちゃんは、
僕にギターを弾いてくれないかと頼んできた。
ちょうど僕の下りる駅は、お婆ちゃんの家の隣の駅だったから、
僕はその頼みを受け、友達の家までお婆ちゃんを連れていく事にした。
駅に着いたら、友達に電話を掛ける、
「あのね、今、電車の中で知り合った女の子がおるから、一緒に連れて行くわ」
友達は快諾してくれた。
で、お婆ちゃんと友達の玄関を開けた時、
友達が大笑いしてくれたのが嬉しかった。
で、友達の部屋でお婆ちゃんは正座して、
友達が出すお茶には丁寧に三つ指をついてお礼を言っていた。
僕はその当時、東京に出て来て、東京という街に戸惑っている時期だったから、
暗い唄ばっかり作っていた。
その中でも、より暗い曲を何故かお婆ちゃんに披露したのだけど、
お婆ちゃんは、
ギターを聞き、
唄を聞き、
お父さんのバイオリンを思い出していたのか、
ずっと目を閉じて聞き入っていた。
僕が唄い終わると、お婆ちゃんは目を開け、
すうっと細い手を重ねて床に滑らせて、
頭を下げた。
「結構な唄を、本当に有り難うございました」
誰も見向きもしなかった唄を、
初めて認めてくれたのがこのお婆ちゃんだった。
その後、唄の話しになり、
お婆ちゃんは『カンイチ、オミヤの唄が好き』だというような話をしていた。
やがて、お婆ちゃんは帰る事になり、
友達がタクシーを呼んでくれた。
お婆ちゃんはまた三つ指をつき、
「結構なお茶を、どうも有り難うございました」
と友達にも丁寧なお礼をした。
その姿は、目に焼き付いて忘れる事ができない。
その後、僕はお婆ちゃんに手紙を書いた。
或る日、家に帰って来ると、
お婆ちゃんからの留守電にメッセージが残っていた。
僕は嬉しくて、
その留守電のメッセージをMDに録音して、
今も保存してある。
お婆ちゃんの名前はサカモト キヨコちゃん。
このJ-45を弾いていると、
思い出す名前だ。