No.11-3
と、男が急に口調を変えた。「なんか、話あるっつってたよな、この間電話したときに。会ってから話したいって」
「話? ……ああ」
言ったな。と思い出す。
「いや、いい」
思わずそう答えていた。「あれは、もういいんだ」
「いいって。何」
「ちょっと、色々あって、話変わってきたから」
「ふーん」
男はあまり納得していないような顔でうなずいたあと。「あっ」
急に目を丸くして身を乗り出した。
「何だよ」
「お前、浮気したの?」
ぶはっと。飲みかけたお茶を派手に噴き出してしまった。
「なっ」
「見たよ。写真」
何が嬉しいんだか、にやにやと笑っている。「アキヨシちゃーん。あれはないでしょー。ってか、あの可愛い女のコ、誰だっけ、かれんちゃん? あのコとは別れたわけ?」
「……いや」
たぶん。まだつづいてるはず。……電話には出てもらえないけどさ。
「別れてないのにあんなことやってんの? あんないいコ泣かすような真似しちゃだめでしょー」
泣かすような真似。しようと思ったことなんか一度だってない。でもなんでだかうまくいかない。
はあー、と。ため息を落としながら、散らばったお茶を布巾で拭く。流しに立ったところで、インターフォンが鳴った。エントランスからではなく、玄関先の音。
テレビ局かなんかだろうか。いや。最近のマスコミはマンションのなかにまでは入って来ないはず。
固まっていると、
「俺が出てやる」
男が珍しく毅然とした口調で立ち上がった。インターフォンの受話器は取らずに直接玄関先へと向かっている。
「おい」
「大丈夫。任せとけって」
父親というよりは友人のような笑顔を作り、親指を立て言った。
No.11-2
金にね。困ってるみたいなんだ。
赤福のいっぱい詰まった口でもごもごと言った。
「……」
言葉にならないまま、男の顔を見つめた。
「今までにも接触のあったマスコミを、ずっと相手にしないできたのに、つい、インタビューに応えてしまったのは、その所為だって言ってた。……ああいう週刊誌って、インタビューすんのに金出すんだな。知らなかったよ」
「金、って。まともな男と再婚したんじゃないのかよ。なんで、そんな……」
たぶん。言うほど大した金にはならないはずだ。そんなものにうっかり飛びついてしまうなんて。
「んー」
と。男は呑気な声でお茶を啜った。
「生きてりゃ色々あるんじゃないの」
っつうかさー、と。男が眉間に皺を寄せ言った。
「あの記事はないだろ、っつーんだよ。だからさあ、俺、思わずこっちから電話しちゃったんだよね。マジで腹立ったから。そしたら向こうは向こうで絶句しちゃって。そんなはずはない。自分はそんなことは言ってない、って。電話の向こうで泣き出すわけよ。記事はまだ見てないらしいんだけど。うちの親父へのね、感謝の気持ちはちゃんと伝えたって言ってたよ。どうも言ってることと記事に齟齬があってさ。……まあ、ああいう週刊誌なんて、そんなもんかね」
「……」
「今日はそれ言いに来たわけ。お前の母親はあんな記事に書かれてるようなことは言ってないってさ」
そう言って、こちらの顔色を窺ってくる。取り繕うことはできなかった。
「そう」
「そうって、なんだよ。あんな記事見て落ち込んでんじゃないかと思って来てやったのに」
「……」
「やっぱ落ち込んでんのか?」
「ま、少しは」
いや。本当はかなり落ち込んでたかも。
うまく説明はできない。何でこんなにも落ち込んでいるのか、自分でもよくわからない。
あの記事を見たときの打撃は、正直強烈だった。
自分の母親に何かを期待したことなんかなかった。それにしてもこんな仕打ちはないだろう、って。そう思った。怒りじゃなくて落胆。
祖父は何度か俺に訊いてきたんだ。母親に会いたいかと。いや会いたくない、と答えたのは俺だ。だからあの記事で祖父のことが悪く書かれてしまったのは、ひょっとしたら俺の所為なのかもしれない。それもショックだった。
だけど本当にショックだったのは。自分の母親がこちらに直接接触してくることもせず、あんな風にいたずらに、マスコミに対しこちらへの心情を語ったことだ。
それもこれもみんな、俺が、こういう仕事をしているから、なんだろうな。
No.11-1
向かいに座る男は、
「はい、これ、土産」
そう言うと、桃色の包装紙に包まれた長方形の箱をテーブルの上でこちらへと滑らせた。「赤福。新神戸の駅で買ったんだ。明良君、赤福、好き?」
俺は男を一瞥しただけで答えなかった。
「開けていい?」
土産だと言ったくせに再び手に取ると、勝手にばりばりと包装紙を開いていく。「お茶、煎れよっか」
仕方ないので、
「いい。俺がする」
相手が立とうとするのを止め、キッチンに立った。
男ふたりで何で赤福? いやんなるね。この男といるとなんつうか、めちゃくちゃペースを乱される。
「……で、何の話?」
急須を傾けながら言ったけれど、相手はこちらの顔を見つめるばかりでなかなか口を開かない。
「何だよ」
「んー」
「早く話せよ」
「うまいね、このお茶」
なんて言いながらお茶を飲んだりしてる。イラつく野郎だな。
「明良君のママから電話があったんだよね」
こしあんに和菓子用の竹ようじを入れながら言った。
「……ママとか言うな」
「だって、ママだろ?」
「……いつ?」
「いつだったかな。ほら、この前電話しただろ、あんとき」
ああ。あの変な電話。
赤福のこしあんの艶がいかにもうまそうで。ついこちらもようじを手に取っていた。
「明良に会いたいって、最初はそんな感じで話始めたんだけどさ。何か様子が変だったんだ。俺はね、それなら明良に訊いてみてやるって言ったんだよ? もう明良もいい歳だし、一回くらい自分の母親と会ってもいいんじゃないかと思うって。だけど、会いたいって言ったくせに、会えない、やっぱり会えない、とか言い出して」
No.10-3
読もうとするけれどうまく字が拾えない。目が、紙の上を滑っていく。
「何て書いてあった? ひかるちゃん、読んだんでしょ?」
縋るような目を向けると、ひかるちゃんは、
「やっぱ、読まないほうがいいかもね、かれんちゃんは」
自分が持って帰ってきたくせに、そんなことを言った。「ひどいの。佐藤君のおじいさんのこと、すごく冷酷な人みたいに書いてあって。変じゃん。実際に孫を育てた人間と、自分の子供と一緒に暮らさなかった母親と、どう考えたって──」
「……おじいさんのことまで?」
「うん。そうだよ。佐藤君のことより、周りの人間のことが悪く書かれてる。佐藤君の事務所の社長さんとか、おじいさんとかがね、まるで佐藤君に会わせるのを邪魔したみたいに──」
── 気持ちがさ、それどころじゃなかったっていうか。
あのときの佐藤君の顔。
心ここにあらずな顔。
── 平澤、頼むから、話聞いて.。
頭が一気に冷えていく。
「これ……」
「かれんちゃん?」
「これ、佐藤君、いつ読んだと思う?」
「へ?」
「これ、この記事。佐藤君達は発売前に読めるのかな?」
「さあ。どうかな。だけど、なんで?」
こんなこと。ひかるちゃんに確かめたところでどうにもならない。わかりきったことなのに。
わたしは立ち上がると、
「佐藤君のとこに行かなくちゃ」
ひとり言みたいに呟いていた。
どうしよう。
とんでもないことをしてしまった、と思った。
傷だらけの佐藤君に、ひどいことを言ってしまった。自分の気持ちに精一杯で。佐藤君の悲しみに気づいてあげられなかった。
わたしは佐藤君の部屋の鍵を手に取ると家を飛び出した。
車で送って行こうか? と言うひかるちゃんに首を横に振ると、佐藤君のマンションへと、駆け足で向かった。
No.10-2
「違う話?」
首を傾げひかるちゃんを見て、それから差し出された雑誌へと視線を移した。
手に取ることはできない。
「佐藤君の、お母さんの話が載ってる」
一瞬言葉をうしない、ひかるちゃんの、きれいな形の唇を見つめた。
「……お母さん? 佐藤君の?」
声に出してみると、ひどい違和感を覚えた。
「うん、そう。佐藤君のお母さん。……佐藤君のお母さんって、生きてるんだね。あたし、知らなかった」
ひかるちゃんは言って、わたしの胸に雑誌を押しつけた。わたしは受け取った形のまま固まる。
ひかるちゃんがわたしのすぐ傍の椅子を引き、そこに座った。
「何となく、亡くなってるのかと思ってた。かれんちゃん、佐藤君のおじいさんやお父さんのことはよく話してくれるけど、他の家族の話、聞いたことなかったし」
それはそうだろう。わたしだって。その存在をすっかり忘れていた。
「……え?」
「え、って」
わたしは急に目が覚めたみたいに姿勢を正し、訊いた。
「え? これに? これに書いてあるの? 佐藤君のお母さんのことが?」
「そう。っていうか、佐藤君のお母さんのインタビュー記事だもん」
「インタビュー?」
「うん。独占インタビューだって。生き別れた母の独占インタビュー」
頷きながらひかるちゃんは顔をしかめた。「読んでてあんまり気持ちのいいもんじゃなかったけどね」
── ちょっと、色々あって。気持ちがさ、それどころじゃなかったっていうか。
佐藤君の、困ったような、だけど冷静にも見えた顔が頭を過った。
あれ……?
わたしって、何か、とてつもない間違いを、おかしてた?
震える指先で雑誌を開こうとしたけれど、うまくいかない。
ひかるちゃんが引き取り、ページを広げてくれた。
佐藤君の顔と。それから、日本人には見えない顔立ちをした女の人の、泣いている写真が写ってる。
── 佐藤明良・母は生きていた!
── 明良に会いたい!
── 米・シカゴから涙の訴え。
太く書かれた文字がまず目に飛び込んでくる。
No.10-1
ダイニングの椅子に腰かけ、長いこと自分の携帯電話とにらめっこしていた。
何度も何度も閉じたり開いたり閉じたり開いたり。壊れちゃうんじゃないかっていうくらいそうしていた。
今日、佐藤君からの電話は一度もない。一昨日までは頻繁にかけてくれていたのに。時には、留守番電話に、平澤、ちゃんと話しよう、なんて、熱のこもった声が残されていたことだってあったのに。
すぐにこちらからかけ直さなかったのはいけなかったと思う。反省してる。
……って言っても。佐藤君に対し、ちゃんと口に出して謝ったわけじゃないんだから話にならない。
どうしても我慢できなかったのだ。
あんな、佐藤君と他の女の人が抱き合ってるみたいな写真にも。それどころじゃなかった、って言った佐藤君の言葉にも。
ただ。
いまはどうしたらいいのかわからなくなってる。
もう怒ってなんかいないのに。心の全部では佐藤君を許してるのに。ほんのちょっとの意地が、こちらから電話をかけるという選択をさせてくれないでいる。
「あー、もう」
携帯電話を胸に抱きしめ、額をテーブルに押しつけた。
どうすればいいんだろう。
佐藤君、もう、呆れちゃってるのかもしれないね。
「佐藤君のバカ……」
違う。佐藤君じゃない。バカなのはあたしのほうだ。
自分はこんな態度を取っていながら、佐藤君がこの家からあたしを連れ出してくれることを願ってる。家に遣って来て、父の前で堂々と、あたしと結婚したいと言って、そうしてさらっていってくれることを何度も想像してる。病院に来た佐藤君に、強引に連れ出される場面を想像したことだって、何度もある。
「コドモだなあ……」
あたしは精神的に幼いんだろう。恋愛に関しては、特に。普段はコドモっぽい佐藤君のほうが、こういうときは案外オトナなのかもしれない。
佐藤君は冷静に時が経つのを待っている、ように見える。
キッチンの扉が開いた。
「かれんちゃん」
ひかるちゃんが、目を丸くし入ってきた。雑誌を持っている。雑誌。週刊誌。
あたしは顔を上げ、目を細め唇を尖らせた。
「またそんなもの。お父さんに怒られるよ」
父とは。あれ以来一言も口を利いていない。
「かれんちゃん、これ読んだ?」
「読まないよ」
冷たく言った。「読むわけないじゃん。それ、この間の写真のつづきかなんかでしょ」
佐藤君とあの女優さんがつき合ってる、なんてことが書かれてたりしたら。また佐藤君からの電話に出られなくなってしまう。
「違うよ」
ひかるちゃんが雑誌を差し出した。「これは、全然違う話」
No.9-5
「で? ただ俺が元気かどうか訊く為だけに電話してきたわけじゃないですよね?」
『あ、うん、そう。ちょっと仕事の話になるんだけどさ』
仕事。
『きみと話がしたいんだけど。できれば真山社長も一緒に』
「レ……社長も?」
『そう。実はね。うちの編集長がきみに会いたがってて』
「……」
『うーん。昔のよしみで、とか、そういうの仕事に利用するの、あんまり好きじゃないんだけど。きみにとって、悪い話じゃないって、僕も思ったから』
「どういうことですか?」
『うん』
いつもの爽やかな声を少しだけ低くして高本は話を始めた。
高本との話を終えると、携帯電話をテーブルの上に置き、冷蔵庫を開けた。
なんか食うもん、あったっけ。
料理すんのめんどくせえなあ、なんて。冷凍モノのいかとたらこのスパゲッティの袋に手を伸ばしたところでふたたび電話が鳴った。今度は携帯電話じゃなく、家の固定電話。最近ではたいていみんなケータイにかけてくるので、イエデンが鳴ると、その音の新鮮さと大きさにびっくりする。
平澤?
思わず飛びつくようにして白いコードレスフォンを掴み取った。
「はい── 」
んあ。
と。
腑抜けた声が聞こえてきて、電話をぶち切りたくなった。
『よう。アキヨシちゃん、元気にしてる?』
「……切るぞ」
『いやいやいやいや。待てって。相変わらず短気だなあ、お前は』
「なんなんだよ。何の用だよ」
『何の用って、わかるだろ?』
一応、俺、明良君の父親なんですけど。と。遠慮がちに電話の向こうの相手は言った。
No.9-4
世間をそれなりに騒がせているこちらの事情は承知の上でかけてきてるんだろうと思い、そう言った。
『そりゃそうだよね。ごめん。元気かなんて聞いて。……平澤さんは、どう? 落ち込んだりしてない? 電話してみようかなあとは思ってるんだけどさ』
平澤。
「最近、平澤とは連絡取り合ってないんですか?」
『うん』
「……」
『……』
どう言ったらいいのかわからなくて黙っていた。
『あれ?』
「……」
『ひょっとして、あの写真が原因で喧嘩でもした?』
「喧嘩っていうか」
『いうか?』
「電話。ずっとかけてるんですけど、出てもらえなくて」
暫く間を空けたあと、あははは、と明るい笑い声が聞こえてきた。
なんで笑う?
『平澤さん、あんな写真で怒ってるの? 意外とコドモなんだね』
「……人のカノジョになんてこと言うんですか」
『っていうか、着信拒否されてるわけ?』
「いえ、そこまでは」
着拒なんて、そこまでされたらもう……。
『じゃあ、一応許してくれてるんだよ。ひょっとしたら一日何回かけてきてるか数えてるかも知れないよ。あんまり少ないとよけい怒らせたりしてね』
え。
『まあ、平澤さん、そういうコじゃあないとは思うけど』
「そ、そうですよ」
『直接家に会いに行けばいいのに』
「……それができれば苦労しませんよ」
結婚の話を出したとき。平澤のお父さんは、話を最後まで聞いてくれなかったと言っていた。
そこまでは知らないんだろうけど。高本は俺と平澤の家族との関係を何となく察したようで、
『そうか。平澤さんと佐藤君だけの話ってわけにはいかないんだね』
と納得した風に言った。
9-3
レイさんと品川は、仕事だから当たり前なのかもしれないけど、掲載された記事をきちんとチェックしていた。
「佐藤さんのことが、まるで血の通わない鬼だったみたいに書かれてるわよ」
週刊誌を目の前に差し出し言ったレイさんの言葉に、心臓が一気に冷たくなった。佐藤さん、とは。亡くなった祖父のことだ。
「会いたいって何度懇願しても会わせてもらえなかったって」
「……アホくさ」
「読む?」
「いや、いい」
そんなもん、絶対読みたかねえや。
週刊誌を、汚いものでも触るような触れ方で押し戻した。
「なぜ? 読みなさいよ」
「いいって。ってか、読みなさいってなんだよ」
「どうして読まないの? 相手を訴えることも可能なのよ? あなたが読まないと話にならないわ。この前の白戸さやかの件だって」
「やだね」
「アキ」
「読んで、がっかりしたくないんだよ」
こちらのセリフにレイさんが絶句した。
がっかり?
何に対して?
自分でもよくわからないんだけどさ。いろんなことに。いろんな人に。落胆したくなかった。ましてや血の繋がった人間に。
マンションに戻り、廊下の灯りを点けた途端、後ろポケットの携帯電話が震えた。平澤かも、と期待して素早く手に取り開く。
表示された名前に軽く目を見張った。
「── はい」
期待のあまり大きく打った心臓はまだ静まらない。そのまま電話に出たので、声が少し上ずっていた。
『あれ? なんか声、変だけど、元気?』
こちらとはあべこべに、高本の爽やかな声が耳に届く。
「元気、かどうかはビミョーですけど、まあフツーです」
No.9-2
「なら、いいですけど」
俯いて歩く品川が、ぼそぼそとひとり言みたいな声でつづけた。「だけど。ひどいですね、みんな。有名になった人間は何書かれても、心に傷を負わないとでも思ってるんですかね」
ひどいな。ひど過ぎるでしょ。
と。いつもひょうきんで人の好い品川が、本気で文句を言っている。
「ずっとうちの事務所で働いて、この世界、案外怖いことばっかりじゃないって思ってたけど。やっぱ誰も信用できないっすね。人間不信になりますよ、人間不信」
人間不信なんて。あまりにも品川に似つかわしくない言葉だ。
「まあ。信用できないのは、何もこの世界の人間だけってわけじゃないけどね」
「……アキさん」
品川が心底憐れんでるような瞳を向けてくる。
そういう瞳で見られるのははっきり言って好きじゃない。だけど。今回週刊誌に佐藤明良の記事を売ったふたりのうちのひとりがほかでもない佐藤明良の母親なわけだから。同情されても仕方ないかな。ってさすがに思う。
「そんな顔すんな、っつーの」
軽く笑って隣の、すっかりしょぼくれてしまった肩を叩いた。「何も品川が気に病む必要なんかないんだよ」
「アキさん……」
事務所の建物に入り、エレベーターのボタンを押した。
「みんな新しいニュースが出ればすぐに忘れるって。そういうもんだろ?」
「……はあ、まあ。それはそうなんですけど」
そう。それもまたこの世界のありふれた、繰り返される日常だ。
翌朝。
佐藤明良の母親、と名乗る女のインタビュー記事が掲載れた週刊誌が発売された。
── 母は生きていた!
── 明良に会いたい!
── 米・シカゴから涙の訴え。
地下鉄の中吊りにも。コンビニの入り口そばの棚にも。書店にも。通ってる歯科医院の本棚にも、佐藤明良の写真といっしょに黒々とした文字が躍っている。
気にならないわけじゃない。だけど。改めてそれを開くことはしなかった。