WANDERER☆Y

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ちょっとヘンコなアウトドアと創作(たまに世相)のBLOG

姫越山(503m)(三重県南伊勢町・紀北町)2026年3月20日(金)


 久々に車中泊を絡めた山旅をと考え、前々から計画していたプランを実行する事にした。
 目的地は三重県の太平洋岸にそびえる姫越山、標高は五百と少しの低山だが、トレイルのそここで望める多島景で知られている。
 そしてもう一つ、この山の名を広く知らしめているのが、姫君と老従者の哀話とそれにまつわる埋蔵金伝説だ。
 源平合戦時代、姫君と老従者が落ち延びる旅の途中でこの山に差し掛かったが、居り悪く姫君が体調を崩し動けなくなった。
 姫君の身を案じ、老従者は水を求めて彼女の元を一度離れたが、戻って来てみるとすでに姫君は息絶えていた。
 絶望した老従者は姫君を葬ったあと自害して果てたが、その時、携えていた黄金も山中に埋めたと言う。
 埋蔵金!何ともワクワクする話だ!
 ここは一つ、埋蔵金探索ごっこで行こうじゃないか!
 私は不死身では無い、アイヌの美少女や脱獄王の仲間もいないが、キチ〇イ中尉も幕末の亡霊も待ち構えているわけではないので何とも気楽な冒険ではある。

 さて、朝早くから登りたいので前日に出発し登山口近くの駐車場に夜中に付くという旅程で行くこととし、例によって例のごとく愛車兼移動秘密基地マークⅣに山道具に酒肴食料を積み込んで出発。
 今回、お金をの節約を目指して全肯定高速道路を使わず、地道で行くと言うミッションを自らに課し、三桁国道をひたすら東へ向けて走る。
 大阪、奈良、三重と見つつの県境を越えて真っ暗な駐車場に到着。
 さてさて、毎度恒例の無事到着祝いの酒盛りを・・・・・・と考え、その前に出すものは出すべしと公衆トイレに行こうと車外に出ると・・・・・。
 駐車場の脇にある石碑のあたりに蠢く者の姿が!
 それも一つや二つじゃない。
 マグライトの光輪を向けるとそこにはシカの群れ、道中も二頭ぐらい遭遇したがどれも山の中の話。まさかこんな街中にまで出てきているとは思わなかった。
 ま、正体がわかったので安心して出すものを出して車内に戻り、お楽しみの酒宴を始める。
 しかし、なんで車の中で飲む酒は美味いのか?
 いい感じに酔った所でシェラフを被りオヤスミなさい。

 翌朝、五時半に目を覚まし、洗面を済ませメンチカツパンとリンゴブッセの朝食を取って身支度を済ませ登山を開始する。
 到着時から気付いていたが、この錦という港町、やたらと背の高い塔が建てられている。
 南海トラフ地震が起きれば、この辺りは確実に大津波に飲まれる。その為の備えだ。
(あのシカが群れていた石碑も昭和十九年十二月三日に発生した東南海地震とそれに伴う大津波の犠牲者を追悼する物だった)
 市街地を抜けて尾根に取り付く階段を登り登山口を目指す。
 そのわきには立派なプレハブ造りの立派な避難所。


 発電機も置いてあって二十人くらいは余裕で収容できそうだ。これも津波への備えだ。
 避難所を後にして森の中へ、海岸付近の山によくあるウバメガシの木立の中に付けられたトレイルを行く。
 最初は中々の急登の連続。涼しいお陰で疲労は軽減されるがさすがにしんどい。
 毎回登山の旅に荷物を減らす努力をしようと思うのだが。なかなか実行できずにいる。
 往復四時間の山でも小屋泊の山でも基本装備は同じ、もうここ前来れば意地だ。
 うんうん唸りながら登り続けると、急に道は平たんに近づき楽になって来る。

 こうしてやっと歩きを楽しめるようになってきた。
 頭上は青空と常緑樹の梢、本当に今日は登山日和だ。
 しばらくすると、進行方向右側の景色か開けていることに気付く。
 立ち止まって眺めると小島が点々と浮かぶ海が眺められた。
 これが多島美って奴だ。しばらく見とれてしまう。


 さて、出発だと歩き始めるとここからは更にトレイルは優しくなり気持ちよく歩けるようになる。
 アセビの花なんかを愛でながら、春の穏やかな海風に吹かれつつ進むと、小さな石積みの塚が目に入る。

 建てられた碑には『爺塚』これがあの伝説に登場する老従者を弔った塚だろう。


 そこから十五分ほど行くと大きな岩とやはり石組みの塚があらわれる。これが『姫塚』お姫様が眠る塚だ。
 お宝は山頂付近のツツジの木に埋められたとの事でこの辺には無いのだろう。
 手を合わせ、お供え物かわりに一口ゼリーを置いて行く(あとで爺塚にもお供えしました)


 さぁ!黄金を求め出発だ!
 まるで遊歩道のように整備されたトレイルをズンズンすすすむ。
 途中、また奇妙な石組みを発見、円形に石が組まれ真ん中はくぼんでいる。
 一瞬、炭焼き窯かと思ったが近くに案内板があり『のろし台』とある。ナルホド、この辺りで海を監視し、アヤシイ船が来たらのろしを上げたのだろう。
 それを通過ししばらく行くと山頂に到達。時間は八時前。二時間半ほどの行程だ。


 ここも中々の絶景。雄大な太平洋が一望だ。
 しかし、問題のツツジの木が見当たらない。あとで調べたところによるとやはり黄金を求めてほじくり返した奴がいるらしく、その時ツツジは全滅したとの事。
 かくも人間の欲とは恐ろしいもんだ。
 風景も楽しみ、黄金への妄想も弄んだのでさらに前進!と行こうと思ったが『立入禁止』の看板に行く手を塞がれる。
 本当はここから海に降りたかったのだが、中部電力の私有地に成っているとの事で進入は不可。原発を建設しようとしたが中止に成り、そのまま所有され続けているとの事らしい。
 バリケードなども無く監視カメラとかも当然ないので行こうと思えば行けるのだろうが、わざわざ『入るな!』とされている所にヅカヅカ入るほど社会性を遺失していないので今回は諦め、このまま来た道を忠実に下る事とする。
 他にもお楽しみが有るもんね♪

 下山は十一時ごろ。
 登った時にはちょっと気に留めた程度だったが、登山口に祠が有るので中を覗くと『妙姫大明神』と『甚六明神』との石碑が並んで安置されている。
 伝説の姫君と老従者をお祀りしているのか?
 お賽銭として十円を置いて手を合わせる。
 ここから駐車場に戻り、今夜の車中泊場である塩浜展望台駐車場へ。
 湾内をくるっと回り、山のクネクネ道を登ると綺麗に舗装された広場に出る。
 広場には巨大なHの印、ヘリポートにもなるようで邪魔に成らない様端っこに止める。
 ここの眺めも最高で小島やハマチの養殖いかだが浮かぶ風景が一望のもと、そして振り向けば今日登った姫越山が登山口から山頂まで一目に出来る。
 やや、最高の車中泊ポイントでは無いですか!


 後から来た地元のバイカーのお兄さんと世間話を楽しんだ後、お待ちかねの昼酒タイム。
 今日はワインと生ハム、チーズといったいきった内容ではなく、おかきに缶詰、漬物と言うまるで角打ちのアテのようなメニュー。
 当然お酒は第三ビールと日本酒。いや、これ中々いいっすよ。


 潮風に吹かれ、ラジオに耳を傾けつつ、開高健の『輝ける闇』を読みながら良い感じに酔ってゆく。
 折り畳みベッドをだして昼寝を楽しんだ後、夕闇が迫って来たので晩飯の支度。
 今日は超手抜きメニュー。近所のスーパーで千円のところを半額で売っていた調理済みのおでんを温め直すだけ。
 それじゃ寂しいのでソーセージや大根、練り物を追加する。
 潮騒とラジオを聞きながら、満天の星々を眺め、アツアツのおでんと日本酒を味わう。嗚呼、日本人に産まれて良かった。
 その後もダラダラと飲み続けいい加減眠くなったので酒宴を後片付けをして車に引き込む。

 翌朝、七時に目を覚まし昨日山で食べ損ねたドーナツで朝食を取り、早々に塩浜展望台駐車場を引き払う。
 帰路も高速は使わず、ひたすら地道で家路に付こうと考えたのだ。
 まずは海岸線をたどり、熊野市から内陸に入って下北山村や上北山村を通過して大阪を目指す。中々のロングドライブだが、海の景色や咲き始めた桜やこぶしを眺めながらのドライブは最高に気持ちよい。
 途中、下北山村の温泉施設でひとっ風呂浴び、中々のボリュムの唐揚げ定食をご馳走になる。
 あとはひたすら北上し我が家を目指す。

 さて、ここで今回の冒険は終わる訳だが、お終いに一つ、私の黄金伝説に付いての新解釈を披歴しよう。
 後で調べて解った事だが、旅の姫様の出自について源平の合戦で活躍した武将、木曽義仲の配下で四天王の一人と言われる樋口次郎兼光の娘では無いかと言う説が有るらしい。
 そして、この樋口兼光と言えば木曽義仲の妻にして女豪傑との誉れ高き巴御前の兄とも父とも言われている。
 まさか旅の姫は巴御前ではないだろうが、その血縁者である可能性がある。
 ちょっと待てよ?
 敵の首を脇に挟んで引きちぎったとのゴリラ並みの怪力乱神の持ち主である巴御前の一族の姫が、旅に病んで落命する様な弱々しいキャラなのか?違うだろ。
 父である樋口兼光は義仲が源義経に討たれた後捉えられ京都で斬首されているので、逃亡を余儀なくされたことは確かだろうが、はたして姫は山中で落命したのだろうか?
 私は生きていたと想像する。生きて老従者と共に錦の集落にまで落ち延び、そこで暮らしたのではないか?
 源氏の追及を逃れるには死んだことにするのが一番だ。
 で、肝心の埋蔵金はと言うと、集落の人々に口止め料として支払った可能性がある。口裏を合わせてもらうのだ。
 つまり二人が携えていたお宝は全部使われてしまって埋蔵なんかされていないのではないだろうか?
 少し浪漫が足らない解釈かな?
 でも、悲劇のヒロインが実は生きていて幸せに暮らしたって言うハッピーエンド解釈も悪くはないと思うけど?

 ま、妄想はこの辺にしておいて、次の冒険の計画でも立てますか?