奇妙なクソブログ

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今まで集めたデータ、ウンチクを紹介していきます。
チラシの裏に書くメモをブログで書いています。
どうでもいいものばかりです。

ついさっき・・・

私の人生とは「乗っかった船が泥船だった」という事の連続だった事を思い出した。

 

そもそも私は、小・中学校の時、新潟県ジュニア展5年連続出展という偉業を持つ(自慢)ほどの絵少年で、小・中・高通じて美術の授業で描いた絵を返却してもらった試しがない(自慢)。全部学校の展示品になってしまった(自慢)。美術の先生が「(これが高校生が描いた絵なのか・・・信じられない)」と唸ってしまうほどの画力の持ち主だった(超自慢)。

 

いまさら、物は相談ですが・・・あの時差し上げた絵、買い取りって事でどうですか(笑)?

 

 

当時、家でも学校でも、愛読していた「週刊少年ジャンプ」の、荒木飛呂彦先生と萩原一至先生の写しを描きまくっていた。

 

そんで、ジョジョで吹っ切れた荒木先生の、あの伝説の、

(笑)

 

これにシビれてしまい、この人の弟子になると決めた。

 

しかし。

中3のとき、にわかにプロレスブームに。クラスの男子のノリに流されまくって「俺プロレスラーになる!」と宣言。

高校からレスリング部に入ってしまうが、グレコ68kg級でノリノリのスロイダー野郎になれた。

3年の11月、風間会長が学校へ来てしまう。大人のリアルな世界をまじまじと見た私は、ビビッてプロ入りをお断りしてしまう。

 

逃げてしまったので、東京水産大学水産学部に入学。勉強はまったくしていないが、あの手この手を駆使して無事卒業。

結果→数年後、そんな学校は無くなり、東京海洋大学海洋生命なんたら学部とかいう違うものに移行してしまう。当時の箔はいっさい役に立たない。

 

在学中に「やっぱり俺の居場所はここじゃねぇ」となり、道場通い。プロの道へ。時代の寵児だったパンクラスに入門。

結果→入った途端に、桜庭和志大ブレイク。一番ダサいUインターが時代の寵児に。パンクラスは没落。私も不治の病に罹ってTHE END。

 

 

長くなってしまったが、ノリでブッちぎったり急にビビってしまったりする癖がある。

癖というか、こういう人間なの。

 

 

・・・さっき、「泥船に乗ったな?」と勘づいた。

20年も泥船に乗り続ければ、沈む船かどうかは勘でわかる。勘だけは3割の確率で当たる。

 

というわけで、私はこの船から降りた。

 

またインチキ占いに戻る。

 

 

 


昔、花札やってると、持ち札がこればっかりになったのも思い出した。