1曲目の「シチリアーナ」の録音年月日は1950年7月6日である。
この演奏を聴いて真っ先に思い浮かぶ言葉は「惜別」だ。
あの「ブザンソン告別リサイタル」の2ヶ月前の録音だ。
1950年9月16日、Lipatti は、医師が止めたにもかかわらず、
「皆と約束してあるから」と、ブザンソン音楽祭のリサイタルに臨む。
高等法院の階段を這うように昇り、演奏会場となる広間へ向かう。
医師に注射をしてもらってから弾いたことは知っていたが、
ほとんど1曲弾くごとに注射が必要だったことを、つい最近知った。
演奏予定の曲目のうち、
その当時知られていたショパンのワルツ全14曲のうち、
1曲だけ、第2番は弾くことができなかった。
最後の命を削って弾いたのだ。
ピアノの歴史的録音を聴く者にとって、
「ブザンソン」という言葉は特別の響きを持つ。