この日苛烈15年は大変に寒い年となった、南方のこの地でも珍しく雪が舞い海の波も非常に高かった。

「どうしたんでしょうね今年は、こんなに大荒れの海は初めてですよ」

草薙は元船乗りの自分でもこんなことは初めてだとおどろいていた、今日まで順調に旅の支度を整えて
きた磐余であったがこの天候では当分船は出せそうもなかった。

「ん・・・あれはなんだ?」

荒れる海を見つめていると遠くの方でゆらゆらとこちらへ向かってくる影が見えた。

「船みたいですね・・・皇子ありゃ大陸の船だ・・・」

しばらくすると、船は一台程度ではなく何艘もの数がこちらへ向かっている事がわかった。

「大変だ・・黒羽の親分に知らせなきゃ!!」

草薙はさすがにこれはただ事ではないと思い黒羽の屋敷に向かった。

「だんなあ!!!大変だ!!大陸の船が大勢向かって来てます!!」

「なんだと!!この嵐の中をか!?」

黒羽は急いで館を飛び出すと村の高台を目指した、南京でも一番高い丘に登り海を一望した時
海の遥か彼方まで埋め尽くす大船団が村の港を目指しているのが見えた・・

「な・・・なんだ?これは!?」

「何艘いやがるんだ・・百・・いや二百・・なんだこりゃ!?」

それは眼を疑う光景であった、船達がひしめきあいながら港に向かって殺到し何隻もの船が耐えきれず
海の藻屑と化していた。

「とにかく港に向かおう!あれが全て殺到したら大変だ!」

「へい!!しかしどうやってあれをとめるんでやす!」

「知らん!!こちらから船をだしてもっと広い入り江の方に誘導するしかない!!」

しかしそれでも全てを収容する事は不可能であろう・・・

船の準備は大急ぎで行われ黒羽、草薙、磐余の3人は大船団に向かって出港した。

「しかし、ものすごい時化だ!!船がもたんかもしれん!!しっかりつかまってろ!!!」

黒羽は叫ぶと船の舵を思い切り切って大波をやり過ごした。
船になれていない磐余は激しい揺れに目眩おこし甲板につっぷしてしまい呻きながら叫んだ

「こんなのであいつらを誘導できるのか!? 」

「だまってつかまってろ!!舌噛んで死ぬぞ!!」

黒羽が言うとすぐ次の大波が船を襲い磐余は激しく頭を強打し気絶してしまった。

「ああ!!皇子!!」

草薙は急いで皇子に近づくと磐余を帆の柱に括りつけた。

「ようし!!見えて来たぞ!!!」

目の前に大船団の姿が現れた、”こいつは!!!!・・”黒羽はこの船団に見覚えがあった奉天王国の船だった。

「まさか!!・・・・奉天に何かあったのか!?」

「かもしれやせん!!親分!!誘導しやしょう!!」

黒羽は頷くと船を大船団の中心に向けて叫んだ。

「舵を右に大きく取れ!!!このまま進むと全員死ぬぞ!!」

「だめだ!!!舵がきかないんだ!!この嵐で完全にいかれたみたいなんだ!!」

一人の船乗りが叫んだ。

「他の船はどうだ!!舵が利く船に乗り移ってくれ!!とにかくこの先の港にこれだけの船団を収容出来ないんだ!!」

「わかった!!やってみる!!すまないが他の船にもその事を伝えてくれ!!」

船員はそう言って早速行動に移った。

「よし!!次だ!!」

黒羽は更に奥の船に向かって舵を切った、ひときわ大きい船の前に出た時そこに見えたのは甲板で慌てふためく人々の姿だった。

「親分!!ありゃあ船乗りじゃありませんね、民間人だ!!」

「やはりな・・・おれの想像どうりなら・・この船団のほとんどが素人の操船で動いている!!」

「ど・・どういう事です!!」

「おそらく・・奉天王国は滅亡した・・こいつらは難民だ!!」

それを聞いた草薙は身震いした・・それが事実なら歴史を変える出来事が大陸で起こったのだ。
そして、その余波がこの南方の島国に吹き荒れようとしていた。

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須佐、イクサ親子の謀反があってから半年、磐余は黒羽について国を富ませるにはどうすればいいのか
学ぶ日々が続いていた。

「早いものだな、皇子が転がり込んできてからもう半年たったか。」

黒羽はそう言いながら目の前にある地図をぼんやりと眺めていた

「ここに来て本当に学ぶ事が多い、黒羽殿は本当に知識豊富な方だ・・・どこでその様に見識を深められた?」

「うん・・まあ、若い頃から大陸に向かう船の船員達に大陸の様子を聞いて育ったからか16の歳の頃には
とうとう大陸に渡ってしまったのさ。」

黒羽の話は続いた、16で大陸の奉天という国に先ずは到着し2年ほど暮らすと続いて更に西を目指し印弩と
言う国に辿りついた、この印弩までの旅は困難を極め何度も死にそうになりかけたらしい。

「で、今の歳になるまでの10年間諸国を渡り歩いた結果、出た結論が物の流れを制した者が国を制すると
言う事だ。」

「ここに流れ着いたばかりの頃の私であれば一笑にふしたろうが今はそれが真実と感じられるよ。」

磐余はそう言うと数年前ここに流れ着いてからの日々を思った

“本当に驚く事ばかりだった・・・この国の豊かさに比べると弥馬台や出雲などは数段劣ると言わざるを得ない・・”この国に流れ込む数えきれない大陸の人や物、それらをこの南京の村は等しく受け入れどんどん
新しい考えや珍しい物品で溢れかえりますますその力は増していくようだった。

「黒羽殿・・わたしは弥馬台や出雲の事などどうでもよくなってきたよ・・・」

「そうかい、じゃあどうするんだい?」

黒羽は磐余の顔を見ながら少し楽しそうに言った

「わたしはこの国で学んだ事を別の場所で行いたいと思う・・・新しき国を、新しき民を」

そう言って磐余は地図のある場所を指差した。

「ほう、ここに君の国を作るのかい?」

「ああ、そこにはあなた方の南京から一文字頂いて”京”の国を作りたい」

「面白い・・今の君であればあるいは可能かもしれないな。」

磐余の指差したところは弥馬台でも出雲でもなく遥か西だった。

「黒羽殿、お願いしたいことがある。」

黒羽はスッと手で磐余を制すると言った

「分かってる船は貸してやる、いずれ2倍にして返せよ。」

「ありがとう。」

それから数日間は船旅の準備に急がしかった、そしてあの事件がおこってしまったのだった。


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大婆が発ってから数時間ののち、鏡は旅の支度をあらかた整えた。

「さあて、そろそろ出発しようかな」

つい先日までは呪術の修行に明け暮れ外の世界に全く触れる事なく生きてきた鏡にとって
今回の出来事は願ってもない事であった。
正直運命については案外どうでもよいというのが鏡の心情で、若い娘特有の好奇心の方が強い。

村に住む同年代の娘は少なく、更に呪術を学んでいる娘となると選ばれた才能を持つ者のみで
鏡の他は年配の者がほとんどであるこの状況では村の生活は退屈極まりなかった。

「やっとお役目を貰えたんだ、楽しまなくっちゃ!!」

そう言って鏡は小躍りしつつ出発した。

旅の途中弥馬台を通過しなければならなくなり町の入り口に辿りついた時、番兵達に呼び止められた

「娘、弥馬台の都は現在政権が交代して混乱している。悪い事は言わないから出直しておいで」

兵士はそう言うと門の前に立ち塞がった。

「・・・って言われてもな・・私にも大切なお役目があるんだけど・・・」

「なんと言われてもここを通す訳にはいかん!」

”頑固な人だな・・・”鏡はため息をついて何度かその後も交渉したが兵士はどうしても通してくれそうも
なかった。

 「まいったなーー、こんな所で足止めをくっちゃうなんて」

他の道を通る事も考えたが弥馬台を迂回するには海を船で通るか、険しい山越えをするしかない。

”海は船をだしてくれる港が近くにないし・・うら若くかわいい私が山賊のでる山越えをするなんて
考えられない・・どうしよう・・・”しばし思案に明け暮れていると町の方から誰かが歩いてきた。

「その娘はどうしたのだ?」

歩いて来た20代前半くらいの体つきのいい男は兵士にそう聞くと

「はあ・・なんでも九鬼の里から来たとかで、クマソに行くのに町を通過したいのだそうです」

「ふむ、通してやれ。」

「は?」

兵士は少々面くらってそう言った。

「は?ではない!通してやれ!九鬼の里の者と揉めたくはない」

「分りました!!娘、通っていいぞ!」

男はそれだけ言うと踵を返して町の方へ入って行った。

「ねえ、兵士さん! あの人誰?」

「あ?ああ、あの方は弥馬台の将軍イクサ様さ」

「へえ・・・」

”あれが須佐の息子なのか”鏡は密かに先ほどの男”イクサ”に興味を持ち始めていた・・・・

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