「お世話になりました」という言葉
色んな場面で使ってきた
色んな人に言われたときもあった
人に対してそれまでの接してきた
気持ちの表れとしていい言葉だと思う
仕事上や普段の人付き合いで
当たり前のように使ってきたけど
ただ自分としてこだわりが強すぎた…
「世話」という言葉に
保護と命令の2つの意味を捉えていた
相手や使い方によっては
凄く失礼になり得ると思ってた
使うときにはお互いに何かしらの
上下関係や利害関係が存在するものと思う
それが自分の中の
「世話」という言葉の解釈だった
だから対等に接してきた人に
特に近くに感じてた人に
感謝を伝えるときは
『ありがとう』
の言葉を使い
『お世話になりました』
はあえて使ってこなかった
そんなこだわりがあって
『ありがとう』『嬉しい』って
笑顔を見せてくれるだけで幸せを感じてた
世話してるんじゃない
助けてるんじゃない
嬉しそうな顔を見てるだけで
穏やかな表情になるだけで
僕自身が楽しいし嬉しい
人のためじゃない自分のためなんだ
ただそれだけ
そう思ってたし
自分に言い聞かせて
ただのお節介だったとしても
分不相応なことをしても笑顔になれた
でも分不相応なことを続けると
当然、許容範囲を超えてしまうし
夢と現実との狭間で
綱渡りの状態を保ってきた
それでも自分は嬉しくて満足してた
時にはそう思うことで
自分自身を納得させてた
だから特別な相手には
言われたくなかった
『お世話になりました』
そう言われたとき
なんだかんだ近くに感じてた全てが
遠くに感じて…
世話なんかしてないし
世話できる身分や状況でもないのに…
自分の中で“プツン”と何かが切れてしまった
それで前回の「もういいよ…」
言わなくていい一言だったなぁ…
素直に嬉しい気持ちがほとんどだったけど
辛いときに
自分に言い聞かせてたってことは
どこか自分でも世話をしてる
意識があったんだろうなぁ
奢りが招いたな…
相手はそんなこと考えて
言ってる訳ないのに
普通に感謝を表してただけなのに…
そんなことすら考える自分が嫌で
自分の「言葉」に対するこだわりと
勝手な解釈で人間関係を狭めて…
なんてこった…
結局は
自分で自分を追い込んでただけじゃん
言葉って難しいね…
正直、今は人と話すのが怖い…
もう少し会話を勉強しよう
失くしたものは大きい