きょうはできごと ~新宿・渋谷・池袋の元映画館スタッフの日記~

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さよなら、ばあちゃん

9月13日、ばあちゃんがなくなった。
91歳。年齢だけ見たら立派な大往生。
でも、


9月25日生まれだったから
本当はそこのお祝いをしたかったし、


はいっていた老健で
夜中にひとりでトイレに行こうと車いすを押して歩いて行って
ブレーキのかからないままトイレに座ろうとして
転倒してしまったことが、


そのことで
急性硬膜下血腫ができてしまったことが
さよならの原因になってしまったことが
本当は、ぜんぜん納得いってはいない。


ひとりでトイレに行こうとすることがわかっているなら
予防するための工夫はいくらでもできたわけだし、
ましてや転ばせるなんて、と、思ってしまう。



ただ、それはもういまさらなのだ。




ばあちゃんは認知がすすんでいた。
自分の年齢も忘れていたし、ご飯を食べたことも覚えていない。


「私いくつだっけ?」
「もうすぐ92だよ」
「あら、そんなになるの。じゃあ、がんばって100まで生きないとね!(笑)」


そんなやりとりを会うたびに、
10分おきくらいに繰り返していた。
僕はそれが大好きだった。


でも8月末に倒れ病院に入院して
寝たきりの点滴生活になってからは
「もう100までは無理かなぁ」
と弱気になっていた。


それでもむりやり、
「そんなことないよ、100までがんばろう。そのためにはご飯食べなくっちゃね」
と話しかけては、ばあちゃんに
「そうね。じゃあちゃんとご飯食べなくっちゃね」
と言わせてしまっていた。


そのあと意識を失う1週間のあいだ
けっきょくばあちゃんはご飯を食べられなかった。


でも最後の最後まで
ちゃんと顔を覚えていてくれた。
それがとてもうれしかった。



ばあちゃんにはたった一度だけ
恋人を会わせたことがあった。
後にも先にも一人だけ。


彼女が自分のばあちゃんの話をしてくれたことがあった。
小学生だったころ、ばあちゃんが「今日は一緒にいておくれ」と
学校に行こうとした彼女をめずらしくひきとめようとしたことがあったそうだ。


でも学校に行ってしまった、
そうしたらその日にばあちゃんが倒れてしまった、
そのことをずっと悔やんでいると、
ばあちゃんっ子だった彼女はそう話してくれた。


そんな風に思いつづけている彼女の想いが大好きだったし、
この話が心に残っていて、今回ぜったい後悔しないように会いに行こうと思えた。
会いに行った。


亡くなった日は夜勤で死に目に立ち会えなかったけど、
それでも、仕事へ行く前に会うことができたからよかった。
ありがとう。


ばあちゃん、あの子のことも覚えてくれてたかな。
そうだったらうれしいな。



きのう、ばあちゃんの納棺を家族4人でしてきた。
みんなできれいにしてあげた。
少しでもよろこんでくれてたらいいなと思う。


さよなら、ばあちゃん。
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